痛みが訪れ、呻く。叫ぶ。思考の力全て、薙ぎ倒される。

Perfectus

3.

しぶりながらも、どこか潔い手つきでエンヴィーは服を脱いでいく。
ランプの光が朧気な影を投げかける中、求めのままに細い身体を晒した。

長い黒髪が散らばり、白い肌とコントラストを成す。
グリードは胡座をかいて腕を組んだまま、微動だにせずそれを見つめていた。
もともと隠す部分の少ない衣類しかつけていないのだが、流石に全てを晒しているのを見たことなどない。特に、人間のように子供の頃の経験というものがない彼らには尚更だった。

初めて目の当たりにするエンヴィーの肢体は不思議な印象を与えるものであった。
成熟の手前で時を止めたその身体はどちらかというと十代半ばの少年のようにみえる。胸は平らで腰は細く、続く戦闘を意識してか二の腕や肩もそれなりにたくましい。しかも、グリードのような完全な男性体と比べると格段に弱々しいが、男の器官も備えていた。
だが一方で、よく見れば筋肉が張った脚や腰の曲線がどこか柔らかく、その肌の透き通るような色彩と肌理の細かさにも少年のものとは言い難い趣がある。

身体の隅々まで無遠慮に注がれる視線に、少年であり少女でもある存在は立ったまま居心地悪そうに身じろぎして俯いた。長い黒髪が一筋、はらりと頬に落ちる。いつも強気な彼(彼女)が意図せず見せた恥じらいの仕草。それが薄闇に浮き上がるような白い身体の存在感と相まって強烈に扇情的な効果を見るものに与えたことに、当人はまるで気づいていない。

男は、ごくりと唾を飲み込む音が生々しく身の内に響くのを感じた。


「造りモンにしても……よくできてんな。お前の身体は。」

次の瞬間、無意識のうちに柄にもない台詞が口をついて出てしまった。

きれいだ。

ぴくりと、それまでつとめて無表情を装っていた紅い瞳が反応する。視線が男を捉えた。
一瞬の沈黙、途端、ぶっと吹き出す。

「あっはっは、何言ってんだろうねこの人は。」

おなかを押さえてさもおかしそうにげらげらと笑い、だが途中で笑いを止める。

「…いつも、不細工とかゲテモノとか、言いたい放題のくせに。」

唇をゆがめるようないつもの笑みをたたえながら、その目は笑っていなかった。
グリードは答えない。

答えの変わりに手を伸ばす。触れたのは左の脚。相手はぎくりと身体を強ばらせた。
先程まで強気を装っていた瞳に殆ど恐怖に近い当惑の色が浮かぶ。
男の不可解な要求、突然の賛辞、不意打ちで接近されたこと、その全てがいつもは機敏な彼(彼女)の動きを鈍らせていた。
それを良いことに、跪くような姿勢で男は顔を近づける。そのまま躊躇いなく口づけた。自分のと同じ刻印、ウロボロスの蛇の上に。

「……っ、何だよ?」

狼狽に裏返った声。
それが合図であったように男は起き上がった。細身の裸身が後ずさる。

「何なんだよ…?!」

「はは、驚かせてすまんな。」

もちろん、すまないなど微塵も思っていなかった。

「最初は全くそのつもりじゃなかったんだが…見ちまったら、抑えがきかなくなった。」

「抑えって…何の、」

「そんなの、わかるだろ。その辺で死んでる人間どもがやってたみてぇに、俺も遊びたくなったのさ。」

「ちょ…待っ、冗談…」

完全に平静さを失ったエンヴィーの様子が、更に男の劣情を刺激する。もう後戻りは出来ない。

「――だいたい、こんな場所に呼ぶのが悪ィよ。」



床に組み敷いて初めて男は、その白い細身の身体が文字通りに雌雄同体であることを、己の目で見た。
脚の間に隠れた更なる奥に胎内へと続く仄暗い裂け目があったのだ。人間の男の場合、胎児の時に閉じてしまう場所が開いたままになっている。

意外にもエンヴィーはさほど抵抗しなかった。最初床に押しつけたときは、痛い、放せと多少抗おうとしたが、首筋を舐めあげるとびくりと身体が跳ねて大人しくなった。
今は腕の下、苦しい姿勢のまま、放心したような顔で紅の瞳を見開き何かを見つめている。怪訝に思い視線を追うと、隣接する小部屋の半開きになったドアの向こう、裸体の男女が二人折り重なり倒れているのが見えた。当然死んでいるのだ。一番強い臭いのもとは、これか。男は淀んだ空気を改めて意識した。すると、エンヴィーが眉をひそめて顔を背け、ぽつりと不機嫌そうにつぶやく。

「最悪だ…こんなところまできて人間の真似事かよ。」

奇妙な台詞だ、と男は思った。先程の様子からするとさほど慣れている風でもないが、過去にグリードが知っていた一部の初心な女達ともまるで違う反応。ふと、グリードの頭を素朴な好奇心がよぎる。

「そういえばお前、シたことあるのか。」

「人間どもと?まさか。あんなやつらと何をすることがあるっていうのさ。」

しかし高みの見物とはいえ、これまで散々乱交や拷問ゴッコを喜んで見ていたヤツが未経験だというのは、グリードにはすぐに信じられなかった。そこで質問を変えてみる。

「同胞とは…ホムンクルスとはどうだ?」

親父殿とは、と妙な考えが浮かびそうになるのを打ち消す。ないよ、誰がいるんだよ、とため息をついてエンヴィー。

「にしちゃあ、意外と抵抗しねぇな。」

グリードはまだ疑っている。女の場合は経験を少なく偽るヤツがいるが、と少し考えるが目の前の相手についてはまるで見当がつかない。

「抵抗?どうせ無理矢理やるんだろ。ケンカは嫌いだし、痛いのはいやだ。それにさっき…」

鋭い切れ長の瞳に光が宿り、唇を赤い舌が舐めた。

「ん?」

「いや、何でもない。」

打ち消し、視線をそらしたその顔はこころなしか少し頬が上気して見えた。

「やってみろよ。くだらないお遊びにつきあってやる。」

その後、床が冷たくて痛いからお前の上着を敷けと命令する余裕まで示した。





これまでの常識が通じない展開。奇妙な割り切りの早さ。
若干の違和感を感じながらもグリードは事に及んだ。

最初は恐ろしく容易だった。
人形のように横たわった細身の男の部分をまず刺激してやると、エンヴィーは躊躇いも恥じらいもなく反応する。
何だ、随分良さそうだな、とからかうと、そこが気持ちいいのくらいは知ってるよ、とくぐもった声でくすくす笑う。
まるで屈託がなくて、完全な女ではない身体に未知の領域を進むような心地だったのはグリードの方。

だが、両脚の間、もう一つの中心を男の指が探り当てたとき、腕の下の顔に神妙な影が差した。

「ちゃんと濡れてるぜ。ここも気持ちいいだろ?」

「…………。」

ちょっと、変な感じだ、一拍遅れて何かをこらえるような表情。指を動かすと水音がして吐息が漏れた。見開いたままの瞳が揺れ、黒い睫がかすかに震える。

まるで慣れない処女のような反応に、相変わらず演技を疑いながらも男は自身が膨張するのを感じた。

「もうそろそろ良いな。」

ジッパーをおろし衣服の拘束を解く。エンヴィーが目を見開き、息を呑んだ気配がした。

「まさか…それ、挿れんの?」

赤い瞳が目の前に露出した器官を凝視している。グリードは愉快になった。こいつ、本当に何も知らないのか?いや、まさかな。

「何いってんだ。そんなの散々見たんだろ。ここで。」

「見たけど…この身体、完全な女なわけじゃないし…。別の方法だって、」

「悪いが、俺は他のやり方に興味ねぇんだ。」

「いや、でもそれはちょっと…」

「ここまできてそれはねぇだろ。」

構わず膝を割り、抵抗する間を与えず脚を押さえつけて腰を進める。途端、叫び声があがった。

「痛っ…!」

鋭い苦痛の声と内部で受けた妙な抵抗感に、グリードはようやくエンヴィーの一連の台詞が全て真実であることを理解する。

「なんだお前、本当に文字通り『初めて』なのか。」

動こうとしたが、完全な侵入を阻む予想以上のきつい締め付けに勢いがそがれた。

「わ、るいかよ……って、うわ、何だ、これ、血が…」

戸惑い、ひるんだような声だった。
次の瞬間、白い太ももに僅かにだが散った鮮烈な朱に、肉の快楽は一通り知り尽くしたつもりの男すら目を奪われる。引き抜いた性器から滴る血。

エンヴィーが無言でグリードを見上げた。微かに眉をひそめ、強ばった頬には切羽詰まった緊張感と当惑が浮かんでいる。
今まで牛や馬の交合をみるような感覚で人間のものも漫然とみていたのだろう。(この屋敷で起きた出来事に至っては嬉々として眺めていたようだが、確かに処女はいなかったに違いない。)
もしくは知識で知ってはいても、性を超越した自分の身体にも同じ現象が起こるとまでは考えていなかったのかもしれない。

いずれにせよ、いつも生意気な兄弟の意外なほどの混乱ぶりと無防備な表情に、グリードは驚きと共に強い興奮が背筋を駆け上がるのを覚えた。

「…そいつは、てめぇの身体がよく出来てる証拠だ。擬態とはいえ…大したもんだぜ。」

説明を加えながらも欲情に駆られ、情け容赦なく、一気に深く貫く。
間違いなく何かが中で裂けた感触がした。あがる悲鳴。
痛い痛い痛いイヤだやっぱりやめる、腕の下で相手が叫び、身体を押しのけようとする。

「我慢しろっ、最初は皆こうなんだ。」

「みんな…って、に、んげん、の、話、だろっ…!一緒にすん、なっ…」

「仕方ないだろ…てめぇの身体がいちいちそっくり同じなんだからよ。」

とはいえその場所は、確かに彼が知る人間の女のものと変わらぬ熱を持っていたが、平均的なそれよりも細く狭いように思われた。雌雄同体といっても、双方の器官が熟れきっていないような状態であるがゆえだろう。そこを開く苦痛も普通の女より強いのかも知れない。
しかも同胞だけあって抵抗する力も半端ではなく次第に押さえつけるのも困難になってくる。かろうじて行為を続けながらも正直グリードは閉口した。

(こいつぁ参ったな…あまり無理強いすんのも美学に反するしな。)

強引に仕掛けることを好んではいたが、相手が快楽に屈服することが前提だった。どこかで計算が狂った、と感じた。

だがふと視線を下に落としたときだ。刺激に反応して勃ち上がりを見せる器官が視界に入った。
まるで苦痛を訴えるエンヴィー自身の意志を裏切るかのように、それは硬く屹立していた。

「おい、お前のこの部分はイイっていってるぞ。」

一か八かで、グリードの太い指はそれを掴んだ。あっ、と違うトーンの声がして、びくりと身体がはねる。突くのを止めてそちらをゆっくりと刺激してやると腕の下の抵抗が止んだ。呼吸が次第に、一定のリズムを伴う粗い吐息に変わる。

「ここは気持ちいいんだろ。」

「…糞野郎。」

睨み付ける目と裏腹につぶやきが掠れ、うめき声が漏れた。

「そうだ。力を抜け。」

ついでに思い出したように、耳や首筋、平らな胸に、先程は欲に駆られおざなりにしていた愛撫も加えてやる。
互いに体温を感じるくらいの距離で触れあうようにしながら根気よく続けると、先程まで緊張に強ばっていた身体がほどけ、白い肌が柔らかく汗ばんでいく。
空いた手を無造作に投げ出されたままの手に重ねると握りかえしてきた。その力がやけに強いので、今更ながら、未知の体験と向かい合う相手の必死さに気づく。

(…最初から、こうしてやりゃよかったな。)

(人間の女なら、生娘だろうが何だろうが、もうちっとは勝手がわかったんだが…)
(どうもいかんな。調子が狂う。)


熱が伝染する。
柔らかい肉の中に埋め込んだままの自身が、更に固く熱くなるのを感じた。止めていた動きをゆっくりと再開する。再び訪れた深い場所からの刺激に、息を吸いこむような悲鳴と共にエンヴィーはのけぞった。
うっすらと濡れた額に黒髪が一筋、張り付いている。もう痛みは感じていないか、もしくは快感を吸った身体が痛みも別の感覚に変換してしまっているに違いなかった。
その喉に噛みつくように口づける。

…あ、

は、っ、

息、苦し、

目をつぶり眉根を寄せて、歯を食いしばるような一瞬の表情の後、短い呼吸を繰り返す。汗の滲む白い肌。

畜生、変な感じだ。わけ、わかんない、何が、一体。



もう容赦する気は起こらなかった。





続く



【作者後記】

や……やっちゃったυ
しかも初物ネタ……

ごめんエンビ…すごいごめん。でもまだしつこく続きます…


…あ、処女膜は再生しないって方向で妄想してますんで。…って、逝ってきます。