Strange feeling, strange familiarity.
his name
5.
リードに促されてぎこちなく動く。最初はゆっくりと、少しずつ早く律動。
月明かりの下、馬乗りの姿勢で、乳白色の身体が合わせて揺れる。
裸の胸に幾筋も黒い髪が流れを作り、視界の端、結合から取り残された性器が俺の腹の上で屹立していた。男でも女でもないその姿に、もう違和感は感じない。
俺を見下ろす悩ましげな表情。半開きの唇をちらりと赤い舌が舐めるのを見たとき、思わず衝動的な力で突き上げた。相手が一瞬バランスを崩し、傍らに手を突く。
俺はとっさに起き上がろうとした。だが間に合わない。上から胸を押さる手に動きを封じられたまま、すぐに覆い被さられる。相手の長い髪が乱れて俺の顔にふりかかり、反射的に目をつぶった。
胸と胸、汗ばむ肌が密着して、全身に体温。
エンヴィーは俺の頭を抱え込むような姿勢で、不慣れな俺の動きを受け止め、ぐいぐいピッチを上げていく。
煽られて、俺も動く。獣みたいな呼吸音が重なって、肌と肌がぶつかる音、こすれる。
リズムをつかんだ、と思ったとき耳元で、耐えかねたようなかすれ声。あ、くそ、イイ。
そこからあとはもう、わけがわからないまま全力疾走みたいな感じだ。
自分が別の生き物になったみたいだった。考える暇も、ない。
そして、仰向けに地面に縫いつけられたまま、突然それは来てしまった。
「………っ」
痺れるような感覚が身体の中心を突き上げ、頭が真っ白になる。抑えようとする間もなかった。次の瞬間、こみあげた熱が一気に、身体からほとばしる。
何度も何度も、震えるように痙攣しながら、上に向けて垂直に。
多分ちょっと短かった。だけどその時は狼狽する余裕すらなかった。
目を見開いたまま、肩で大きく息をして、視界の片側に黒い髪と中央に高く暗い天井。放心状態ですぐに動けない。
俺を抱くようにしたまま、相手も俺の上で動かなかった。鼓動の音だけ伝わり、それもだんだん静まっていく。少しずつ冷めていく。汗ばんだ額に、僅かに風を感じた。
頬に張り付いた髪を払おうとして腕を上げたら、それが合図のように相手がゆっくりと身を起こした。うつむいたまま腰を浮かし、注意深い動作で俺から身体を引き離す。抜けた場所からとろりと半透明な液体がたれたのを見た。腿に濡れた感触。
「うわ、すごい。いっぱい出てくるよ。」
膝立ちでかがみ込み、流れるものを受け止めながらわざわざ言う。卑猥だが、妙な無邪気さがあった。まるで珍しい現象でも観察しているガキみたいな口調。
その男の部分はまだ半ば勃起していた。これでよかったのかと初心者なりに少し不安になる。だが相手は頓着せず、両脚の間に気を取られたままこっちに背中を向けて座りこんだ。俺もとりあえず起き上がる。さっきの熱に浮かされた感覚が嘘のように去り、身体がひどく重く感じた。
「で、どうだった?」
「え?」
唐突な質問の趣旨がわからず戸惑う。相手は振り返り、いつもと同じ、あの人を小馬鹿にしたような浅い笑みを浮かべている。まるで何事もなかったみたいに。
「秘密、知りたかったんだろ?何か分かった?」
頭の中の時計がのろのろと巻き戻り、ようやく俺は思い出す。そもそもここに来た理由。だけど、まるですごく昔のことみたいな気がした。
「ああ。……いや。全っ然。」
「何だ、あんなにみせてやったのに。だめだねぇ。別のことに夢中になっちゃった?」
「…知るか。スケベ野郎。」
つうか、最初から教える気なんてなかったんだろ。お前。
「そりゃ残念だったねぇ。でも、だとしたら、」
一瞬言葉を切って、まっすぐ俺を見た。薄闇の中、赤い瞳がきらりと光る。
「やっぱお前達には無理なのさ。」
何だ?今の表情。妙に意味深に見えてどきりとした。
何か言おうとして、だがそのとき、腹が鳴った。空腹を今更のように思い出す。そういえばもういい時間だ。
「はっはぁ、腹が減ったのか。不便だなあ人間は。食べなきゃ生きていけないなんてね。あ、そうだ。」
不意に何かを思いついたような顔で、奴が立ち上がる。
「いいもん持ってきてやるよ。待ってな。」
そして、散らばっていた服をかき集め手早く身につけたかと思うと、来たときと同じ裏口から出て行った。
ひとり取り残されて静寂。遠くに車の通る音がした。軍用のジープだろうか。
麻痺したような頭に、少しずつ思考が戻ってくる。
とりあえず思った。あり得ない相手ととんでもないことになってしまった、と。
しかもこれが、俺の初体験なわけだ。
だけど現実感がない。身体だけ先に全力疾走して、思考は置いてけぼりになっているような落ち着かなさ。
さっきまで寝台代わりだった麻袋の上に腰掛けたまま、腿を左手でぬぐった。早くも乾き始めている。手を洗いたいが水はなく、かといって錬金術で作ろうとまでは思わない。
何故か溜息が出た。途端、忘れていた寒さが染みてくるような気がして、脱ぎ散らかした服をのろのろとたぐりよせる。とりあえず下着だけつけてコートを肩にかけた。その時だ。
「お待たせ。さあ、食料ですよっと。」
奇妙に朗らかな声に思考が中断された。振り向くとそこには荷物を抱えたエンヴィー。地面にどっかりとそれを下ろす。
中身を見ると瓶詰めの飲料と乾パンのようなものが入っていた。雰囲気からして軍の備品か何かだろうか。しかもご丁寧に敷物や小さな蝋燭まであった。鼻歌を歌いながら、俺の目の前でてきぱきと広げていく。
蝋燭に火をつけると、廃墟の寒々とした空間が急に温かい光で満ちた。
「大丈夫なのか?灯りなんかつけて。外から見えるだろ。誰かに怪しまれたら…」
まるで突然夜のピクニックでも始まったような和やかな風景に、面食らって言った。
だが相手はしれっとした顔で答えるのだった。
「平気平気。この辺は誰も来ないよ。少し先のゲートでこの区画は閉鎖されてるんだ。道路からも死角で見えないしね。」
「え、でも俺はさっき、普通に入れたぞ。」
「ちょっと操作して、あんたが来る時間だけ見張りがいなくなるようにしておいた。今頃は誰かが立ってるはずだよ。」
「…なんだそれ。」
さりげない提案の影に思わぬ用意周到さがあったことに驚く。だがエンヴィーは袋から食料を出して並べながら屈託なく笑っている。
「この裏にちょっと前まで軍が使ってた備品倉庫があってさぁ。まだ少しモノが残ってるんだ。とりあえず、ネズミにかじられてなさそうなやつ持ってきてやったよ。」
「だいじょぶなんだろうな。」
そういえば全体的に少し埃っぽい。食品の袋もザラザラしていた。無人島で修行した身で気にするのも変だが、つい顔をしかめる。だが腹は減っているからとりあえず中身を取り出し、かじりついた。少しカビ臭いような気がしたが、食べ出すと止まらなくなった。
四、五枚立て続けにバリバリと食っただろうか。ふと視線を感じた。あぐらをかいたエンヴィーが、片方の膝に頬杖を突くようにして俺の方をみてる。斜め横から灯りを受け、橙色の光が頬に影を作っていた。
「何見てるんだよ。」
「別にぃ。」
目の前を腕が横切って、ひょいと乾パンのかけらをとり、口に入れる。そして黙々と咀嚼する。味は感じているようだが、さほど食欲はないのだろうと思わせる淡々とした動作。
「そういや、お前、食事とかするのか?」
つい訊いてしまった。何を今更、と眉間にしわを寄せ、相手は怪訝な顔をする。
「は?当たり前だろ。人間と五感は変わらないんだから。」
「そう…か。まあそうだよな。」
「ただ、食べなくてもお前達みたいにみすぼらしく、くたばったりしないけどね。」
もぐもぐ口を動かしながら、得意そうに、ふふと鼻にかかった声。
そのあと胸を押えて、水がないと食べづらいねと顔をしかめる。側の飲料を手に取り、フタを外してラッパ飲みした。そういうところは妙に人間くさくて、ちぐはぐな感じがする。
(…変な気分だ。)
同じように瓶を手に取りながら、ちらりともう一度エンヴィーを見る。一気飲みして、ぷはあ、と満足そうな吐息と共に口をぬぐっていた。まるで普通の人間みたいな、わかりやすい反応。俺の中で更に落ち着かない感じがふくらんでいく。
ホムンクルスは人間と気配が違う、とシンから来た人々は言った。俺は普段それに気づくことはない。
だけど今、こんなふうに同じ動作をして静かに向き合っていると、気づくことがある。しかも一見して相手が人間じみているだけに、逆に意識してしまう。
それは普通なら見逃すような、ほんの些細なことだった。例えば、間近で見ても染み一つ無い皮膚。ろくに手入れをしてる風でもないのに毛先まで傷みのない髪。そして何より――表情に疲労の影がない。特に今は暖かな蝋燭の光に照らされて、その疵一つない頬は、輝くばかりの生気に満ちて見えた。
ふと赤い輝きを思い出す。あのとき見た、エンヴィーの核となる賢者の石。
(――俺が動物や植物の死体を食べて生きているように、こいつは人間の魂で生かされている。)
(息を吸うごとに消費しながら、無尽蔵のエネルギーで隅々までみずみずしく、生命に満ちている。)
(圧倒的な高エネルギーの生命体。)
(俺たちとは確かに……違う。)
「おチビさん、ほっぺたにパン屑ついてるよ。」
突然、指さされて思考が中断した。チビといわれたのにも反応できなかった。
「え、どこ。」
「あ、そこじゃない。もっと右。ああ、違うって。」
反応する間もなく俺の顔に長い指が伸びてきた。わずかな欠片をさらい、躊躇わず自分の口元に持っていく。そして、ぺろりと舐め取った。
(う。)
エンヴィーの舌は長い。人間として不自然な長さではないが、すこしどきりとする猥雑さがある。俺はつられて、その生暖かさを思い出してしまった。だって、ついさっきのことなんだ。
「あれ?どうしたの。急に怖い顔しちゃって。」
人差し指を唇から少し離したところで動きを止め、相手はいつもの緊張感のない笑顔を見せた。切れ長の瞳をぱちぱちさせるその様子が、光の加減か、すごく無防備に見える。…そんなキャラじゃないのに。
「え、い、いや、何でもねえ。」
意識した途端、急に動悸がして、顔がまともに見れなくなった。全身に熱が蘇ってくるような感覚を必死で意識から追いやろうとする。
ごまかすように慌ててそっぽを向き、手にした飲み物を一気に身体の中に流し込んだ。冷たさに身体のほてりが少し引いて、ほっとする。勢いで飲み物が脚の上にちょっとこぼれた。
「なんだ、まだ疲れてるの?軟弱な生き物だなあ。」
相手の見当外れな質問には答えずに、ハンカチを出そうと思って側に落ちてるズボンを拾いあげる。確かポケットに入ってたはずだった。
すると指先に、それとは違う小さな紙切れの感触。思わず、動きが止まる。
現実に引き戻された。
(――何、やってんだ、俺。)
それはウィンリィに電話をかけたときに持っていたメモだった。ほんの一昨日、シャワールームでこいつと話をしたのと同じ日のことだ。
大総統――ホムンクルスの前の連れて行かれた後、俺は必死になってウィンリィに電話をかけていた。ヤツが俺の幼なじみを人質に取ったようなことを言ったからだ。そしたら後からリン――いや、今はホムンクルスのグリード――に後をつけられてて、わかりやすいやつだと笑われた。
そうだ。猪突猛進、バカだった。
そして今はその同じ猪突猛進さ、いや、それ以下の振る舞いをして、こんなことになってる。
「ねえおチビさん、もしこれでも足りないならさ、」
暢気な声と共に、馴れ馴れしく肩に手が伸びた。はじかれたように振り返る。遠慮なく至近距離、様子をうかがうように顔を近づけてくる赤い瞳のホムンクルス。そして、ごく自然に受け入れてしまいそうな自分。
それが、アクシデントでも何でも、一度は温かいモノが通ってしまった同士の距離感なのだと、改めて認識する。
――同時に強烈な違和感。
だってそれ、絶対おかしいだろ。自分の中で声がする。
…だいたいこいつは、イシュヴァールで何したって言ったっけ。
ウィンリィの両親は誰に殺されたんだっけ。
そしてリンは誰のせいで…
なのにさっき俺は、こいつと何したんだっけ。
鼓動が大きくなる。
(ウィンリィの両親や、村の人たち。多くのイシュヴァール人とアメストリス人と…スカー、あの男が復讐鬼になった理由。)
(いや、それだけじゃない。)
(………例えば、ヒューズ中佐は、)
まるで堰を切ったように思考が押し寄せて、一瞬、わけがわからなくなった。
気づくと、相手の手をはねのけていた。視界の中、エンヴィーが驚いたように目を瞠り、行き場を失った手をひっこめるのを見る。
本当に俺は、何やってるんだろう。こんなところで。
「――俺、帰るから。」
立ち上がり、服をつかんだ。
【作者後記】
全くのドリームですが、公式ガイド本でもエンビは面倒見はよいという話なので、意外とその気になれば気合い入れて好きな子をおもてなししてしまうタイプでないかと思ったりしました。
なお、騎乗位されてエドが圧死しなかった理由については、あとで理屈付けをする予定です。
ところで、こんなことを書くと怒られそうですが、この連載を始めたあとになってから、話の舞台である原作14−16巻とその前後を入念に読み直しました。そして今更ながら、このあたりの展開はエンビとエドの会話が素晴らしいだけでなく、ヒロインのウィンリィがエドへの愛に目覚めていく重要な部分であったということに気づきました…。しかも鋼FAにもあったとおり最後はあの家族写真なわけで…(汗
ま、まずい。つかやらかしてしまいました。ごめんなさい(滝汗
というわけで、このあと原作の台詞を入念に使いながらも、少しずつパラレルワールドに入っていってしまいそうです。ただしエドは色々(いやかなり)悩むことにはなりますが…。(2010/7/12)
+追記
「ウィンリィに電話をかけていたメモ」はロイにノックス先生の住所を書いてもらったときのものです。それと小銭をもらってウィンリィに電話もかけました。(14巻)