エリクシール

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2.葬儀の日


葬式の日は小雨が降っていた。秋の風がもう冷たいのを体全体で感じた。
湿気は嫌いだ。体が痛むから。特に義足と義手の付け根が痛い。
葬式も嫌いだ。母親が死んだときのことを思い出す。

12歳の時だった。あの事件が起きた。
ニューヨークシティで死者数十名を出し、今でも語り継がれてる爆発テロ事件。運悪く俺たち母子は事件現場の広場にいて、爆風に飛ばされた俺の母親は即死だった。傍らでかばわれた形になった俺と弟はかろうじて一命を取り留めたが、俺は片方の手と脚の一部を失った。

少し間をおいてから行われた葬式には車いすで参列した。そのあと義手と義足をはめてリハビリのため三年以上を病院で過ごした。勉強の遅れを取り戻すのも楽じゃなかった。ようやくまともに学校に通える体制が整ったから、去年の冬にピナコばっちゃんのいるこの街に来たというわけだ。
だが弟はそうはいかなかった。
あいつは……いや、よそう。今この話は。



父親との待ち合わせは教会のある広場の噴水前でだった。俺とよく似た色の長い金髪を後ろで束ねたいかつい男が立っていて、遠くからでもすぐわかった。
声をかけると同じ金色の瞳で俺を見て、また背伸びたか?と一言。だがあいつの身長はまだ見上げるほどだ。イヤミのように聞こえたから無視した。前よりあいつの髪が伸びてて、ちょうど親子揃って同じくらいの長さなのも気持ち悪かった。
行くか、始まるぞ。促されて共に礼拝堂に入る。

死に方が死に方だから葬式は内輪だけのひっそりとしたものだった。
棺の中の遺体は見せられることがなく、閉じた棺の前で礼拝が行われた。司祭が何か話していたが内容は思い出せない。
ただ、アーメン、と祈りの声が聞こえたときだけふと思った。エンヴィー、あいつ、神様なんて信じていたのかな。

噂で聞いた。エンヴィーは銃で自殺したらしい。それも、顎の下に銃口をあて、下から上へと頭蓋骨を撃ち抜いたのだという。弾丸は頭頂を抜けて自室の天井に突き刺さった。飛び散った血と一緒に。
時間は早朝の六時頃。
発見者は近所を犬と散歩していた初老の夫婦だった。銃声を聞きつけて警察を呼んだが時既に遅かったという。

斜め前方にエンヴィーに似たきれいな女の人がいて、うつむいているのを見た。傍らにずんぐりとした大きな体格の男がいて手をつないでいる。あれがすこし前まで一緒に暮らしていたお姉さんと弟なのだろう。弟の方は俺たちと同年代にみえたが、こんな場所でもにこにこしていて、知的障がいがあるという話を俺は思い出した。
更にその向こうにはいかめしい顔の老人がいた。あれが噂に聞く年の離れた父親だろうか。悲しんではいるのだろうが殆ど無表情のようにみえるほど硬い顔をしていた。だが、他の家族を見たときはさほど感じなかったが、その人は驚くくらい輪郭などが俺の親父とよく似ていた。血のつながりがあるというのは本当なんだな。俺は思った。
そしてそう感じてからお姉さんを見ると、どこか自分と似ているところがあるかもしれないと思えてきた。不思議だ。

礼拝の間中、親父は何も言わなかった。元々茫洋としていて寡黙な方だが、その日は輪をかけて無口で奇妙に表情がなかった。心なしか顔色も白かった。
それにしてもおかしいと気づいたのは、いよいよ式が終わりに近づいたときだ。
最後の賛美歌が終わったとき、親族の若い男性は棺桶を霊柩車に移動するのを手伝うようにと司祭が促した。
俺は一瞬戸惑った。しきたりに従えば俺も棺を運ぶのを手伝うことになる。だが俺はつい先日親戚だと聞かされたばかりだ。席も、他の親族とは少し離れた場所に座っていた。
思わず親父の方をふりかえった。そのときだ。無言で親父が立ち上がるのを見た。
そのまま俺に一瞥もくれず、迷いのない足取りで祭壇へと歩み寄る。それまでまるで他人みたいな距離を置いて座っていたくせに、真っ先に棺に手をかけた。
慌てて周囲の人間が駆け寄る。俺もつられて立ち上がった。

「エドワード、お前はいい。脚が、」

側に来た俺に気づいて親父が振り返る。
止めようとするのを無視して棺に手をかけた。
数人がかりで棺桶が持ち上がる。思ったより軽かった。この中に本当に奴がいるのかと疑うくらいに。


そのまま霊柩車に先導された車に乗り込み、墓地までつれていかれた。棺を墓所に置き最後の祈りを捧げるためだ。
率先して棺を担いだくせに、道中、そして墓地に着いてからも親父はエンヴィーの親族らしき人々とほとんど会話を交わさなかった。対する向こう側の態度も驚くほどよそよそしかった。
俺が挨拶してもそれは同じで、正直すこし気分を害した。だがまあどうでもいい。あいつの親戚なんて俺に関係ないと考えるのをやめた。





葬式が終わったあと、親父は一泊くらいしていけというピナコばっちゃんの提案を断って、とんぼ返りで西海岸の自宅に帰って行った。ゆっくり話をする暇もなかった。相変わらずだ。
…別にこっちも話すことなんて何もなかったけどな。


その晩、葬式には呼ばれてなかったが、近所で色々なうわさを聞いたのだろう。ばっちゃんからエンヴィーについて少し詳しい話を聞かされた。
エンヴィーの母親はとうにおらず、父親はすごい大富豪でこの辺一体に土地と工場を持っているが、一度もこの地に住んだことはない。二年前にエンヴィーだけが姉のラストや弟グラトニーと移り住んできたが、父親は会いに来ることも仕事で来ることもほとんどなく、これまで誰も見たことはなかったらしい。
複数の愛人がいてエンヴィーの母親も二番目か三番目の妻だという噂があったが、その真偽は定かでない。だが、とりあえずラストとは母親が違うようだった。その姉は去年くらいまでグラトニー、エンヴィーと三人で暮らしていたが、最近仕事を変えたのをきっかけに別の街にグラトニーのみを連れて移り住み、エンヴィーは実質上一人暮らしになっていたという。
学校に来なくなったのはその頃からだというヤツもいれば、もともとあの家は生活が全員おかしかったから関係ないと噂する声もあった。近所との交流も殆どなかったそうだ。

その夜はなかなか眠れなかった。
他人だと思っていたヤツが親戚らしいといわれて、しかもそれが自殺の後。葬式に出て、成り行きで棺桶まで担いだのだ。流石に心の中が波立つ。落ち着かない。
しかも親父はまともな説明もせずまた行ってしまい、俺はそういうあいつを俺の方から捕まえて話をしたいとは言いたくない。
だからわからないことだらけのまま、俺はこれからも放置されなければならないわけだ。
正直、気持ちが悪い。

エンヴィー、一体どういうヤツだったんだろう。何であんなことをしたんだろう。
寝入ろうとしても、今日見た色々な光景が浮かんできてはそこに考えが戻ってきてしまう。
もうわかりようがないんだ、考えるなとから忘何度も自分に言い聞かせながら、浅い眠りを繰り返すうちに朝が来た。



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