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  酒場  



まだ日は高かった。厚いカーテンが閉まったままの窓から陽光が細長く漏れ、乱れたシーツの上に光の縞を作っている。横たわる白い裸身とそれにまとわりつき広がる長い黒髪が、鮮烈なコントラストを成す。

時に酷く意地を張り嫉妬する一方でエンヴィーには不思議な素直さがあり、気持ちの切り替えも早かった。まがりなりにも求められていたと一端感じてしまうと、それまでのやり取りもさほど引きずらずに、さっさと服を脱いだ。どうして直接セントラルに来る以外の手段で連絡を取ろうとしなかったのか、その間に何をしていたのかなどと追究することもなかった。ただ寝台に身を横たえながら、このままの姿でいいわけ?何ならあの金髪の女にでもなってやろうかと皮肉を言って、最後の棘を見せたくらいだった。
それは彼(彼女)の中に「普通ならこうしてもらえるはず」という基準がないからでもあっただろう。
自分の感情も、男の意図も、全てが手探りの中、ただ己の身体感覚に忠実なまま行動しているのだ。
ありがちな期待がないからさしたる失望もない。とりあえず今日のところまでは。


先程は接吻で煽られたのと苛立ちとで余裕のない様子を見せていたのが、今はすっかり安心したような穏やかな表情でグリードを見上げている。奇妙に曇りのない眼差し。赤い虹彩に細い陽光が透けて光った。覆い被さっている男の逞しい胸や肩を、まるで何かを確かめようとするようにぎこちない手つきでそっと撫でた後、次にすべき動作を思いつかず、はにかんで笑う。
言葉はなかったが文字通り全身で歓びを表していた。細いが硬いエンヴィーの男性部分が自分の腹に触れるのを感じ、下目使いにグリードは言う。

「今日はまた随分と元気がいいな。」

「あんたのには負けるよ。」

「はっはぁ、勝つ気でいたのか。そいつぁ恐れ入った。」

次の瞬間男は身体をずらし、先走りの液らしきものが出ているそれを舐めていた。エンヴィーが刺激と驚きに息を呑む様子が伝わる。咄嗟の思いつき。舌先に覚えた微かな違和感から、他人の男性器を口に含むのが初めてであることに気づいた。そのくらい自然な流れだった。

男が目線を上げると、腕で身体を支えるようにして起き上がったエンヴィーが伏し目がちに自分を見つめる眼差しとかちあった。全くの「初体験」だった前回とは異なり、少し余裕が出来たのだろう。唇を半ば開いたまま、快感に時折苦しげに眉をひそめながらも、見ている。

「何観察してんだ?」

男は唾液をぬぐい、歯をむき出して笑う。

「それ…こないだはやらなかったなって思って。」

「よく覚えてんな。気持ちいいか?」

「そりゃあね…」

「だったら、自分でもやってみろよ。今度は俺が、横で見ててやるぜ。」

にやりと男は笑う。どう反応するかと思ったら、彼(彼女)はまともに困惑の表情を浮かべ一瞬考え込んだ。

「まあ、確かにそれもありだけど…。」

困惑を映して目が泳ぐ。

「でも、折角さぁ…その…」

その辺のちょっとプライドの高い女がやるように、いやよとはねつけるのでもなく、かといってあっさり受け入れるわけでもない。漠然とした違和感を表明したいが適切な言葉が見つからないようだった。要は反応の仕方をしらない。

グリードは面白がった。

「ほぉ、いやか。」

「…うん。」

「じゃあこれならどうだ?」

何が来るか、と身構えたエンヴィーの腕を取り指を舐める。二本、三本と唾液を絡め自分の性器に導いた。

「…………。」

男の昂ぶりを直に手に感じ、無言のまま切れ長の瞳が上目遣いに男を見る。一見淡々とした様子、だが目尻に宿る艶っぽい輝きが静かな興奮を物語っていた。

「同じモン持ってんだ。やり方は分かるだろ?」

向かい合って座り込んだ姿勢のまま、自身を握り込んだ細くて長い指を更に上から己の手で包むようにして動作を促す。ぎこちない手つきで、彼(彼女)は上下に手を動かし始めた。
だが刺激を受けるその間にも、男は相手の股間に手を伸ばす。同様に屹立したままのそれに触れ、己がされているように手を動かしてやった。細身の身体が跳ね、呼吸が乱れる。男のものを愛撫する手の動きもあからさまに鈍る。

「…どうしたい?こっちで先にイクか?」

反応がいいので訊いてみた。だが、途端に戸惑いを含んだ声が答える。

「え、…わ、わからない。」

「ん、わからねえ?どういうことだ?」

「…そういうふうになったこと、ないんだ。」

躊躇いがちの口調で、面白半分に少し自分で触れたことはあるがあまり続けたことはない、ちゃんと人間の男のような現象が起きるのかは知らないと告げた。

「そうか。」

となるとこの器官は飾り物なのか?と素朴な疑問が浮かんだが、流石に口にするのはやめた。

「じゃあ、この前にみたいにやるぞ。いいな。」

そう言いながら相手が反応を返す前に手を脚の間へと潜り込ませる。エンヴィーは後ろ手をついてさり気なく腰を浮かせ、男の手がそこに容易に届くようにすることで肯定の意を示した。

さほど触れられてもいないのに、すっかり濡れて開いた通路が易々と指を飲み込み水音を立てる。熟した女のそれに比べるといささか狭いが、快楽には十分な熱と弾力を備えた場所。

「…そこ、いじるの好きだよね…」

吐息混じりの震える声でつぶやくのを聞いた。

「基本的に人間の男と同じだからな…俺は。」

「…じゃあ、あんたを見ていればだいたいわかる、わけだ。」

「何がだ。」

「に…んげん、の男…」

エンヴィーの眼差しは既に熱を帯び、焦点が時々定まらない。だが先程と同様、瞳を閉じることなく男の手元を観察し続けている。まるで珍しい現象でも見守るように。
その様子にある種の微笑ましさと劣情の入り交じった感覚がこみ上げ、グリードはにやりと笑う。

「お前も…好きだろ?こうされんの。」

「そりゃ…一応、感覚はあるから…もう片方の器官と、同じで、」

必死に言葉を続けようとするが、指をもう一本増やし奥を穿つと、あっ、と小さく叫び慌てて口を覆った。意図しない声を出したことには狼狽したらしく恥ずかしそうにしている。
その様子にたまらず、男は身体を押し倒した。
愛撫もそこそこに自身をあてがう。一気に刺し貫きたい衝動をかろうじて抑えながら、ゆっくりと根本まで深く埋めていく。腕の下の身体が震え、ため息のような微かな音が漏れるのを聞いた。

「もう、痛くはねぇだろ。」

気づくといつになく優しい声音で訊いている自分がいた。

「…うん、平気…」

苦痛どころかその真逆であることを示すように、その語尾が掠れる。相手は目蓋を閉じ、浅い呼吸を繰り返しながら微かに眉をひそめ、身体の深い場所からこみ上げる感覚に耐えるような顔をしていた。最初の時の子供じみてすらいた反応とはまるで違う切なげで恍惚とした表情。

(たまらねぇな。)
(たった一度で、すっかり化けやがった。)

男が動くぞ、と言うと、ん、とくぐもった声で頷いた。



南方の乾いた空気は気温が高くともさらりとしているが、肌を合わせている二人の汗がシーツを湿らせていく。
最初エンヴィーはぎゅっと目をつぶり、寝台が軋むたび手を口に押し当て悲鳴を押し殺した。

「声だせよ。どうせ聞かれたって困るヤツはいねぇ。」

でも、と苦しい息で囁き、快楽に潤んだ赤い瞳が見開かれる。

「…ほんとは…ここにいる、べきじゃない、から、」

こんなときでも、存在の痕跡はなるべく小さい方がいいんだと暗に示した。恐らくは羞恥心からだけではない訴え。影に生きる者の悲しい性。

「は、何言ってんだ、今更。」

男は気づいたが敢えて一笑に付した。背中を抱きかかえるようにして出来る限り奥まで深く刺し貫く。ああ、と抑えきれない声をあげた唇を貪りそのまま激しく責め立てた。すると口を塞がれくぐもった呻き声を余儀なくされながらも、白い身体が四肢を伸ばし男の身体にしがみつく。まるで互いが互いを取り込んでしまおうとでもいうかのように絡み合い貪り合う二つの肉体。それぞれの脚と手の甲に、同じウロボロスの刻印が汗に濡れて光り、うごめく。




続く
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