モドル | モクジ

  酒場  



人間でもないのに今まで人間の女ばかりが欲しかった。それに疑問を持ったことはなかった。しかしその範疇からは外れる同胞と一度交わった後、漠然とした違和感が生まれた。
強欲という行動原理が影響を被ったわけではない。だが心のどこかで己の欲望の人為性、父の植え付けたプログラムの存在を意識するようになった。

そして今、再び腕に同じ同胞をかき抱き、もう一つの否めない事実に気づく。触れた肌が吸い付くようなこの感じ、それは他の人間ともまた違うものだ。
いや皮膚だけではない。身体のもっと深い部分から呼び合うような感覚があるのだ。
何故かはわからなかった。もともと動機を言語化する労をあまり執らない男である。ただ微かに戸惑いながらその事実を認識していた。

もともとは同じ創造主の魂を分けた同胞同士。それがゆえに、ひとたび触れればどうしようもなく引き合い、一つになろうとしてしまうのか。
それとも思いも寄らない別の理由が、他でもない男自身の中にあるのか。

とにかくただ欲しい。まるで相手を取り込み融合してしまいたいような激しさ。
責め立て揺さぶると、堰を切ったように溢れる叫び声。一つではなく、二つの違う肉体であることへのもどかしさが更なる欲望を煽り、駆り立てられるままに突き上げる。

腕の下の相手も同じ感覚を覚えているのか。それとも、

「あ、ああっ、あ、あ、あっ…グ、リード……っ、」

気がつくと必死な声が己を呼んでいた。
反射的に自分も名前を呼び返す。エンヴィー。嫉妬、という名前。


何度めかに、自らを深く打ち付けた後だった。
その複雑な身体の、男と女の部分がほぼ同時に快楽の徴候を示したのをグリードは感知した。
幾度も自身を受け止めてくれたその胎内に締め付けるような痙攣が走ると共に、腹に擦れる男の器官からほとばしりを見たのだ。そして程なく自分も果てた。

冷えていく身体を離す。腹についた相手の精を見ると通常のそれよりもさらりとして透明に近い色だった。エンヴィーは今や全身を弛緩させ、口を半ば開けたまま目を固く閉じて横たわっている。

「お前もイった……みてぇだな。」

前にしたときは、ぐったりするまではやったが、ここまで顕著に達した様子はなかった。

「…これが…そうなんだ。」

「初めてか?」

訊いたら、うん、と素直に頷いた。まだ呼吸は荒い。気怠さに襲われているのが明らかな表情。そして瞳を閉じたままごろりとうつぶせになり、唐突に言った。

「少しだけ…死ぬときに似ている。」

続けて、ここに来る前アエルゴで一度死んだのだと言った。だから思い出しちゃった、静かに微笑む。

「あれって大抵痛いし…死ぬのは嫌いなんだけど……時々気持ちいい事があるんだ。」

「そうか?」

「うん。多分身体が痛みを誤魔化そうとしてるんだろうけどさぁ、一瞬幻覚みたいなの見ることない?真っ暗になって、ふうっと感覚が遠のいて…。」

「ああ、あるな。そういえば。」

男も何度か死んだことはあった。思い出し納得した後我に返り、変な会話をしてるなと可笑しくなる。だが自分達にしかできない話だ。

「…でもさすがに、こっちの方が大分マシだぁ。」

「ほお、そうか。」

「………何か、生きてるって感じが…した。」

ぽつりとそうつぶやいて、恥ずかしそうに枕に顔を埋める。そりゃまあ、文字通りそうだな。男は屈託なく歯を見せて笑い、乱れた長い髪を梳くようにして頭を撫でてやった。エンヴィーは無言で、でも心地よさそうに身を寄せてきた。



少ししてから、またやった。更にその後も。
日も射さない路地裏の、風通しの悪い狭い部屋で何度も飽きずに互いを求めた。
馬鹿みたいにそれに明け暮れ、空に星が瞬き、酒場から賑わいが聞こえてくる頃まで続けた。







「そういえばお前、今日俺に何か用事があったんじゃねぇのか?」

マントを羽織り階段を下りていこうとするエンヴィーの後ろ姿に、グリードは訊いた。途端、振り向いた顔にきまりの悪そうな表情が浮かんだ。

「…いや。ない。」

そのまま黙って居心地悪そうに頭を掻く。乱痴気騒ぎの後でも疲労した様子はないが、いつもとどこか違うぼんやりとした反応がその身体にまだ残る余韻を物語っていた。

「仕事が終わって近くを通りかかったんだ。それで、ひょっとしたらって思って酒場を覗いたら…。」

そういえば、いつもは闇に隠れ諜報をしているエンヴィーが他人の姿を借りずそのままの姿で酒場に姿を現すこと自体珍しいことだった。

「だから、用事なんてないよ。…邪魔したな。それじゃ。」

そのまま、マントをひるがえし去ろうとする。まあ待てよとグリードは呼び止め肩を抱いた。

「今度は何だよ…。」

「せっかく来たんだ。そこで飯でも食っていけ。」

「そこって?」

「さっきの酒場だ。飯も結構上手いぞ。丁度俺も夕食に行こうかと思ってた。」

ぶっとエンヴィーが吹き出す。

「何がおかしい?」

「あんた、ほんっとに人間みたいなことしてるんだね。三度三度食事して…。食べなくたって生きていけるのに。」

「おいおい、飯も食わねぇのか?またずいぶんと味気ねぇ生活してるもんだな。」

「って、勝手に決めつけるなよ。別に食べないわけじゃないけどさぁ…」

憎まれ口を叩きながらも、つい口元がほころんでしまうのを隠すように俯いた。




向かい合ってテーブルに座る。
湯気の立つ料理が運ばれてきた。今日は俺のおごりだ、食えよとグリードが薦めると、一口、二口神妙な顔で口に入れる。そのあと、次第に食欲を思い出した様子でばくばくと食べ出した。

「どうだ。うまいか?」
「ん。」

長いこと生きてきたが、こういう風に向き合ってエンヴィーと食事をした記憶などそういえばなかったと男は気づいた。

「髪の毛、皿に入ってるぞ。」
「うるさいなぁ…うわ、本当だ。」
「しかも顎にソースつけてるぜ。ほらナプキン。」

口と髪をぬぐいながら、エンヴィーが顔を赤らめ鋭い目で睨む。

「…言っとくけど、別に食事の仕方くらい知ってるよ。ただ最近少し忙しくて食べていなかっただけで…。砂漠には食うモンなかったしさぁ。」
「何ひとりで言い訳してんだ。俺は何も訊いてねぇぞ。」

グリードはにやにやと笑って、からかう。
相手はふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らしメニューを無造作に掴む。ふと、ページの隅に目を留めてぼそりとつぶやいた。あ、これ美味しそうだから食べたいな。
指さしたのは、酒場のメニューには珍しいチョコレート菓子だった。まだこの辺じゃ高価な材料を使っているためか、一個が小皿料理一品くらいの高さだ。勢いで気前よく、好きに頼んでいいぜと言ったが運の尽き。エンヴィーは側を通りかかった給仕を呼び止めすかさず注文した。

「このお菓子十個。」
「…っ、おい!」

慌てて止めるが、頼んでいいって言っただろ、とエンヴィーは聞く耳を持たない。結局店の側の都合で五個に減らしてもらった。
この味に飢えていたんだよねえ、と満足そうに菓子を頬張る同胞の側、伝票に記載された値段に苦い顔のグリード。その表情に、相手は鼻歌混じりでますます上機嫌。嫌みのように、味見する?と差し出されたチョコクリームは男が辟易するほど甘かった。
だが極めつけはその後だ。唇についたチョコを赤い舌で舐めとり、ちらりと流し目をくれたエンヴィーが囁き声で一言。

「食べてたら時間遅くなっちゃったし…帰るの明日にしよっかなぁ。」

酒場の喧噪の中だというのに、それだけはやけにはっきり聞こえた。自分がリードしていたつもりがいつの間にか相手のペースにはまっていると気づき、男は愕然とする。

もう甘すぎて、調子が狂いっぱなし。どうしようもない。止まらない。

煙草とアルコール、チョコレートの香りに包まれて、二人の熱い夜が更けていった。




END


【管理人後記】

なんか、単にエロくて馬鹿みたいに幸せな人たちの話に…頭悪いw
そして管理人の性格のせいか、エンビが何だかあけっぴろでやりたい放題なキャラに…
「気持ちよかったし飯もおごってもらったし、まあいっか〜♪」的展開になってしまった。もっとネチネチと嫉妬させるつもりだったのに…!
でも、執念深い面がある一方、変なところで大ざっぱかつ割り切りがいいという印象もあるんですよね。特に漫画エンビ……って、本当のところは、グダグダ言い合いしてないで早いとこベッドになだれ込んで欲しかっただけw
二回目だしね、最初くらい幸せラブラブエロエロっていうか(←殺

小説の場所設定、ダブリスにするのが筋かなと思ったんですが、敢えてサウスシティにしました。100年も同じ所にいなくたっていいじゃないと思ったのと、お父様のもとを脱出するなら、それまでに知らなかった場所に行くかなと考えたので。

本文中に「融合」を思わせる描写が出てきますが、これを書いた後に本誌の方ですごい展開になってて、偶然とはいえ「おお…」と思った…(汗)。いや、現時点ではネタバレになるんで言わないですが…。でも、本誌の展開はすごい切ないんだけど、実は「融合」ネタ自体は脳内妄想のグリエン破局編(ごめんなさいそんなのがあるんです。書きかけの小説で…)でも使ってるんで、ちょっとだけありがたかったりもします…って、本誌展開ご存じない方はなんのことかわからないですね。ごめんなさい。

あと、最後のところで、エンビがまるで普通に食事してないみたいな台詞になってますが、個人的な妄想設定としては、率先して人間くさい生活をしてたグリにこの時感化されて、その後食べ物や料理にちょっと目覚めたなんてオチがあったら萌えv(そして原作のマルコーに食事を持っていく姿へとつながる←あの料理を作ったのは軍でしょうけど)。
それでは、ただのエロ話を読んでくださった方、おられたら本当にどうもありがとうございましたーm(_)m

2008/9/29
モドル | モクジ