.....for all of the joy and the pain, even to be in your captivity.

言霊

3.


ふと我に返ると、エンヴィーはもう身支度を始めていた。


「何だ、もう行くのか。」
「仕事だよ、仕事。招集かかってんだ。どっかの暇人とは違うからさぁ。」

少しわざとらしいほどにドライで事務的な口調。恐らくは意識して、声も低く、動作も無造作に大きく見せている。男の腕の下で乱れていた先程までの自分を押し流そうとでもするかのように「少年」に戻っていた。
慣れたつもりでいたが、いつもながら目を瞠る変わり身の鮮やかさ。

「じゃあね。」

そう言って潔く背中を見せる。
男はそのまま見送ろうとした。
いつもしているように、振り返らずに、思考から追い払おうとした。部屋の残り香も、気配も消えるに任せて。



だが、ふと気まぐれが起きた。
間一髪ドアの手前、身体の動きに少し遅れて、ひらりと後ろになびいた長い髪を一房ひっつかむ。

「痛っ!なにすんだよ!」

気分を害した相手に取り合わず、強引にその二の腕を引き寄せた。エンヴィーは抵抗はせずなされるがまま。ただ顔だけを、抗うように背けた。途端、脈絡もなく言葉が男の口を突いて出る。

「そういえばお前、俺のこと好きなのか。」

猫背の背中がぴくりと反応した。ぐっと一瞬詰まるような気配。
だがエンヴィーはいつもどこか潔い。
数呼吸置いた後、肯定のつぶやきが漏れた。


「………だったら、何。」


肩をつかまれそっぽを向いたまま、低いぶっきらぼうな、無理に感情を押し殺したような声だった。しかし長い髪の隙間にのぞく耳とうなじは、動揺を物語りみるみる赤くなる。


それを見たとき、男の胸の内、静かに満ちた情があった。
しかし彼はどうしてもそれを形容する言葉を知らない。これからも知らないだろう。
だからかろうじてこう言った。まるで一度手に入れたものはどうでもいいと言わんばかりの素っ気ない口調で。

「別にどうもしねぇよ。」

どうもしねぇ、ともう一度繰り返す。しかし言葉とは裏腹に背中から腕を回し、抱きしめる。

「何なんだよ。一体…」

人型の時のエンヴィーは男よりも一回り小さい。うつむき顔を背けたまま、グリードの腕の中にすっぽり収まる形になる。細身で、どちらかというと触れればごつごつと骨が当たるような体型。他に何人も知っている成熟した人間の女達と比べればお世辞にも抱き心地がいいとは言えない。だがこうするといつも不思議な密着感があるのだった。まるで何か磁場に捉えられたような引力と共に、気配が交わる。

「まだサカってんのかよ。こっちは時間ないってのにさぁ。」

くぐもった声の悪態が、照れ隠しであることくらいは男にもわかった。

「ヤることしか考えてねぇのか、てめぇはよ。」

「あんたに言われたくないなぁ。」

答えずに、抱きしめたまま後ろからその横顔に頬をすり寄せた。男の無造作な動きに相手の長い黒髪が乱れ、僅かに上気した互いの肌へとまとわり付いた。不快そうにエンヴィーが身をよじる。

「それやめろよ。…髪がぐちゃぐちゃになる。」

「ん。」

我知らず男は微笑んでいたが、エンヴィーには見えない。男も恐らく見られたいとは思っていない。
身を離し、今度は向かい合って抱きしめる。俯いた横顔に唇を寄せ、耳と頬の間に口づけて言った。

「考えてみりゃ奇妙なモンだな。俺たちがこうしてんのも。」

エンヴィーが一瞬息を呑む。

「……確かに、ありえないね。」

気を取り直し、敢えていつもの飄々とした口調で続ける。あってはいけないことだからねぇ、と。


二人は同胞であり、言うなれば兄弟(妹)だった。

実際の所、彼らは人間ではない自分達に人間と同じタブーが課せられるものなのかどうか図りかねている。
そもそも当の人間達でさえ、なぜ血の濃い者同士が交わることを忌避するのか、明確な答えを知らないだろう。
だがエンヴィーにとってその事実は一点の曇りを、不確かさを、躊躇いをもたらすのだった。彼(彼女)はこの関係の向こうに予測のつかない混乱が横たわっているのを漠然と予感している。

一方で男は、感情の前には術を知らないくせに、禁忌は最早恐れていなかった。

「だが、ありえねえことはありえねえ。」

「ぶっ、そこにもその台詞が来るんだ。」


ありえないことだった。起こるべきではないことだった。だけどもう起きてしまった。
男の胸の内に、ふといつかの光景が蘇る。流れた血の朱と炎。初めてこの同胞と情を交わした日、人間達の住処を燃やした。いつもの破壊。だけどあのとき以来、何かから解き放たれたような気がしている。

解放、そう、彼にとってエンヴィーとの関係は結局、相反する複数の可能性を孕んでおり、一つの完結した象を結ばない。先程彼は、それが己を捕らえ閉じこめる足枷となるような危機感に襲われた。だが今は目の前の存在が他の何よりも、己を遠い目標へと駆り立てる挑戦、自由の予兆のようにも感じられるのだった。
いつの日か与えられた役割を、運命を超えていくための―――



「てぇか手遅れだろ、もう。他にどうしようもねぇ。」

「…時々凄いこと言うな、あんた。」

エンヴィーのつぶやいた声が恥ずかしそうに小さく揺れた。
彼(彼女)は、グリードの心の内にあるものが何かは知らない。ただ、自分が今こうしてここに彼といるという事実、そのことに対する男自身からの力強い肯定に心から安堵し、穏やかでとても心地よい感情に包まれている。これまでも何度か彼といると同じ感覚を覚えていたが、今日は一段と満たされた思いでいた。
人はそれを「幸福」と呼ぶだろう。


その様子に男はただ、目を細めて笑い、背中をぽんとたたく。

「さ、時間ねぇんだろ。ぐずぐずしてねぇで、とっとと行け。」

「自分で引き留めておいて何言ってんだろうね、この人は。」


再び口づける。唇が離れたとき、大きな手で頬を撫でられ、はにかんだ。まるで初めての恋が成就した、その喜びに酔う人間の若者のような顔で。

ほどかれた男の腕を黒手袋の長い指が束の間触れ、離れる。惜しむように。



そして再びきびすを返し、長い髪をなびかせながら、去った。










END




【あとがき】

なんつうか…

……は、恥ずかしい小説だ……!

ていうかこの二人恥ずかしいw
そしてそんな妄想してる私ももっと恥ずかしいけど…ああでも書いてて楽しかったv

どうにも私のグリエン(漫画版設定の)は「エンビ若気の至り」というテーマがあるせいか、エンビの必死なエロかわいさを追求してしまう傾向にあります…。
色々学んでこの後海千山千なモンスターちゃんになるのだろうけど、最初なんでもうとにかく必死。それも、服装も物腰もあんなにはすっぱなムードに満ちてるのに実はウブくて、でもうっかりすると周りも本人もそれを考慮しないもんだから何だかちょっとかわいそうな感じになる。時には不細工といわれからかわれ、基本的に頑丈だから手荒にしても大丈夫だろという扱いを受け(特にうちのサイトでは初体験もあんな状況で)、全体的にあまり大事にされるという感じではないが、でもその皮を一枚むくと(?)中身にはひっそりと恋する乙女なハート(それもいたいけな八本脚のクリオネ型)が息づいている……。
かわいそうでかわいい…(;´Д`) ハァハァ……萌え〜… ハァハァ…………ということになってます。ごめんなさい。
最初はこんなだけどきっとそのうち色々体験して、大人になって(年は取らないけど)、きっと将来はビッチでエロカッコいいモンスターになるんだよ(という妄想)。

そして今のところ、発表したグリエン作品はほぼ全てが「エンビ初めての○○」モノだったりします。
(「Perfectus」→「初めてのエッチ」、「Offered」→「初めて大泣き」、「酒場」→「初めての射○」、でもって本作は「初めての告白」)

…何だかヘンタイ親父みたいな自分がいやですが。

グリードはといえば、どのくらいワイルドにするのかのさじ加減でいつも悩んでます。とりあえずクリオネハート(?)で実は一度くらい誰かに大事にされてみたかった(かもしれない)エンビを彼にベタボレにさせたいっつう妄想が管理人の側にあるもんだから、やらしいけど、どっか優しいお兄ちゃんキャラになっちゃってるかもです。まぁあと、既にしつこく繰り返してるように私自身のエンビへのベタボレぶりが彼に乗り移ってしまうのをいかんともしがたく…。うん、そりゃもう、あの体は大好きだからね…。

また一人で語ってしまいましたが、読んでくださった方、おられましたらどうもありがとうございます!!!