you took me in your hands and i've learnt what you've taught.

言霊

1.


「まぁたこんな汚い宿に泊まってるわけ?」

見渡しながら、いつものぞんざいな仕草でエンヴィーが肩をすくめた。細身の身体を少し猫背にして、ごく自然に大きい歩幅で男の傍らを歩く。マントのフードを目深にかぶったままで表情は定かでない。ただ、いつもの、にいっと思い切り口角を上げる笑みが浮かんでいるのだけがわかる。グリードも負けず応酬した。

「てめぇに言われたくねぇな。いっつも薄暗ぇ場所で暮らしてるくせによ。」

「は、埃っぽい屋根裏部屋よりましだぁ。その点、あそこは衛生的だよ。ラストはきれい好きだし。」

一見、久しぶりに顔を合わせた兄弟同士の、いつもの軽口でしかないやり取り。
板張りの廊下は歩を踏み出すたびギシギシと音を立てた。


だが戸が閉まった途端、がらりと空気が変わる。フードを取りため息をついて乱れた髪を整えた方と思うと、男の正面に回り込み、そのままキスしてきた。下から唇を押しつけるような、未だどこか不器用なやり方の接吻。そして男が反応を返す前に広い背に腕を回して抱きつき、何気ない口調で訊く。

「そういえば、結構久しぶりだよね。」

「確かにそうだな。…どのくらいぶりだ?」

「記憶力悪いなぁ。年なんじゃないの?」

頭を掻いておぼつかなげに記憶の糸をたぐる男の問いを嗤う。だが、アルトとテノールの狭間のような声が僅かに揺れ、その内にこみ上げる感情を映した。

「……最近どうしてた?」

「どうもこうも…いつも通りだが?」

「そっかぁ。」

そっか、ともう一度繰り返す。次の言葉を失ったように沈黙が落ちた。
グリードはそれを開始の合図と取った。つややかな黒髪を指で弄びながら背を撫でると、応えるように男を抱きしめる腕に力がこもる。

ばさり。音を立て、マントが床に落ちた。







南の地方にいたが、冬枯れの空気は冷たかった。
並の人間ではないため暖房のない部屋でも頓着しない二人だが、肌を合わせると互いの熱を意識する。

エンヴィーがいつもより身を寄せてくると感じた。
服を脱ぎ、共に向き合って寝台に横たわり、グリードが動こうとすると押しとどめるかのようにしがみつく。男は何か言おうとしたがやめた。代わりに喉の奥で短く笑う。

「…何だよ。何笑ってんだよ。」

くぐもった不満そうなつぶやきが漏れた。視線から逃れようとするかのように、広い胸に顔を埋めている。

「別に、どうもしねぇよ。」

そのままじゃれ合うような気軽さで体重をうつし、腕の下に組み敷いた。外気の冷たさを宿したままの長い髪がシーツの上に散らばりまとわりつく。無言のまま互いに相手の身体に手を伸ばし、静けさの中湿り気を帯びた吐息だけが満ちる。


「あ……ちょ、待っ……」

切羽詰まった声で、更に刺激を与えようとした指を押しとどめた。見れば相手は前戯もそこそこの段階ですっかり息が上がっている。微かな身震いに、細いが硬く反り返った器官が揺れた。男は先走りの液で濡れた手を一瞬彷徨わせ、ウロボロスの刻印がある太腿にすりつける。

「今日はペース早ぇな。どうした?」

答えずに彼(彼女)は俯く。上気した頬。乱れた前髪の間、寄せられた眉根に羞恥と狼狽が透けた。

そんな相手の反応は気にも留めず、男は腿に這わせた手をそのまま内股へ、更に身体の中央へと運び探る。隠された場所、もう一つの性を表す部分にそっと触れると、びくりと腕の中の身体が震えた。溢れるものが太い指に絡みつく。

「何だ、こっちももうこんなになってんのか。やらしいなぁ。」

「…そんなこと、言われたって…」

呼吸を乱しながらも切れ長の瞳が男を睨んだ。与えられた刺激に赤い瞳が熱っぽい光を宿している。

「あんたのせいだろ、こんなの…前は知らなかったんだから。」

感覚に翻弄されつつも強気に振る舞おうとする姿が返って扇情的だった。それもかすかに自虐的な響きがあるのが屈折した色気を添えている。

「…煽ってんじゃねえよ。」

熱く濡れた場所の最奥まで指を差し入れると、細身の身体が耐えかねたようにのけぞる。うっかりと短い悲鳴をもらした口を、即座に荒々しい接吻が塞ぐ。呼吸困難に紅潮する頬。唇が離れたとき、息も絶え絶えに訴えてきた。もうだめだ。今すぐ欲しい。
男はからかうような笑みを浮かべた。

だがその実、余裕がないのは彼も同じ。
焦らすことも出来ず侵入する。滅茶苦茶に突き上げたい衝動をかろうじて抑え、中の、深い場所へと届いたところで一旦止め、息を整え訊いた。

「…イイか?」

相手は目を固く閉じたまま、奥歯を食いしばるような表情で頷く。感覚に支配されて咄嗟に言葉にならない。微かに、掠れた音だけが喉から漏れた。

「…っとに、今日は盛り上がってるな。…どうした?」

「………わ、るいかよ。…あっ、」

「悪かねえよ。かわいいぜ。」


ゆっくりと前後に動き始めながらむき出しの白い肩を甘噛みすると、苦痛と快感混じりの呻き声をあげ、恥じらうように顔を背けた。その表情に改めて意識する。最初の頃と随分変わった。
昔は、知らなかった感覚に戸惑い、もっとストレートに快楽に溺れていた。例えは悪いがまるで大きな子供を相手にしているような気にさせられたものだった。それが最近随分と違ってきたように感じる。言うなれば翳りのようなものが生まれた。

(まあ、よくわからん。とりあえず今はどうでもいい。)

汗ばんだ首筋に顔を埋めながら男は思考を止める。
もともと、細かいことをあれこれ考えるタイプではなかった。

ただ、その変化自体は悪いものでないと感じていた。それどころか――たまらなくそそられる。



絶え間なく腰を打ち付けながら、エンヴィーを寝台に押しつけるようにして僅かに身を起こした。
体の中心に手を滑り込ませ硬く勃起した性器をつかめば、増えた刺激に相手は身をよじらせて悶える。
そして快感のあまり、息を詰まらせ咳き込んだ。苦悶とも歓喜ともつかぬ表情の中、きつく閉じられていた瞳が一瞬開き、視線が交わる。

グリード、と名を呼ばれた。肩を掴まれ、指が食い込む。その握力の強さに痛みを感じるほどに。
深く貫かれたまま、まるでもっと深く深く、男を身の内に埋め込もうとするように力一杯腕を伸ばし引き寄せた。
どちらからともなく唇が重なる。
貪るような勢いに、互いの唇が唾液でしとどに濡れ、身体の動きが同調していく。
激しく波打つ運動が己のものか相手のものかわからなくなる。


そして喘ぎ声の合間、耳元に微かな囁き。
逢いたかった、と言ったように聞こえた。

エンヴィーにしては珍しい言葉。



白熱した意識の中、感覚が弾けた。






【あとがき】
二人ともやることはやってるけどあまりラブい会話はしてなかったという妄想設定で…。
特にエンビは恋愛のイロハを知らないままいきなり肉体関係から始めてるから、普通の会話にデレ会話を入れたくても入れ方が解ってないツンデレな人というどうしようもなさ120%な設定です……
そしてこんなノリであと二話くらい続きます。