嫉妬

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6.


何故、どうして、行動の理由。
言うわけがない。

本当の気持ち?
教えてなんかやるものか。

(だって自分にも、わからない。)

ただ、ずっと耳鳴りがしてた。もうだいぶ前から、ずっと。
耳鳴り?いや、多分、声。

――――あの日、屋根裏部屋を飛び出したときから。




錬金術師。囚われ人。世話をしていた。任されていた。
賢者の石を作らせるために、キメラを錬成するために、ラストがやっと手に入れた人材。

ほんの気まぐれだったんだ。そんな気になったのは偶然でしかない。
そういうことするなとも、していいとも言われてなかった。
相手の性が男だったのも偶然。どっちでも誰でも良かった。
とにかく、それまで考えてもみなかったようなこと、ふとしたくなっちゃったんだ。
ぼんやりとまずいんだろうなとは思いながら、でもつい手を伸ばした。

……あの男以外、誰も知らなかったからだろう。要は二人目。
そのときだけは、虫けら相手でもこういうのは悪くないなんて思っていた。
楽しかったよ。
あっさり相手がなびいて服脱ぎだしたときは、わくわくしたね。
ろうそくの明かりだけ灯る薄闇の中、お互いのことなんかよく見えない感じで、手探りで触れ合って。

このエンヴィーとしたことが、看守の役割、絶対的な立場の違いも忘れて迂闊にも何かを期待したんだ。


だけど腰から下に手が伸びた瞬間、そいつの動きが止まった。空気が変わった。

「男…少年なのか?」

ああそうか、人間は性別を気にするんだっけ。
少しあのバカに慣れすぎていたと自覚する。最初に話しておくか、どちらかの性に身体を変えておくべきだったのだ。しかし自分が女に見られていたなど予想してもいなかったというのが事実。むしろ男扱いされる方に慣れていたから、こちらも驚いた。これだからいやになるよ人間てやつは。予想もつかない。そういえば二人きりになる牢獄の照明はいつも暗かった。

「半分だけね。ほら、こっちは違う。」

下半身の衣服を押し下げ、手を取り奥へと導いてやる。隠れた女の部分を触らせた。身体の芯にひやりと他人の指の感触。

「雌雄同体ってやつ。わかるよね?錬金術師なら。」

向かい合う雌の竜と雄の竜、雌雄同体のモチーフ。それはは全ての錬金術書に現れる。そして男は少なくとも、自分がホムンクルスであることは知っているはずだった。
しかしそいつの顔色は冴えない。ああ、そうか、と言葉を濁し、そろそろと手を引っ込める。明らかに意欲がそがれた様子だった。それを見て自分ともあろう者が、よせばいいのに余計なサービスをする気になる。

「そんなに男の部分がいやなら、変えてやるよ。」

一瞬にして乳房を作り、余分な器官をしまいこんだ。身体の曲線も少し変えた。
要はいつもの変身の要領。造作もないことだった。とっさに誰の身体を真似たのかは覚えてない。何故か、ラストのには似ていなかった気がする。

だがその瞬間明らかに男の顔色が変わった。何かがぶちこわしになった。
それまでの戸惑いとは違う別の感情がその面を覆い、全身を硬直させている。強烈な反応に見てるこっちが驚いた。

「…言わなかったっけ?このエンヴィーは変身もできるんだよ。ホムンクルス、だしさぁ。」

実際、男にそこまで己の能力を説明したかどうか覚えていなかった。男をここまで連れてきたのはラストだったし、自分はといえば一、二回研究所に付き添った他は毎日食事をはこんで適当な話をしていただけだったのだ。まるで普通の人間同士がするように。
実際、そうしろと言われていた。それが命令でもあった。

「やだなあ、そんなにびっくりしないでよ。あんたがモノを錬成するのと同じなんだから。」

手を伸ばす。男はびくりと反射的に身を引いた。がたん。ベッドの側にあった小さな書机にぶつかり、その拍子にひらりと何かが床に落ちる。
それは写真という、つい最近人間どもの間で流行りだした小さな画像だった。最小限の所持品は許していたから、男のものだ。セピア色をした画面に鮮明とは言い難いラインで女性と子供らしき人影が二つ。

それが誰かは知っていた。男にはここにくる前、亡くした妻と子がいたのだ。我々のせいではない。二人とも流行病であっけなく死んでいた。逆に言えば、だからこそ返って最初言うことを聞かせるのに手こずった。守るものがない人間ほどやっかいなものはない。脅す材料にも事欠くからだ。神を呪い人生を呪い自暴自棄になっていた最初の頃など自殺しかねない勢いだった。
だから己に与えられた任務もとにかくこの男を生かすことだったのだ。このくだらない虫けらをなだめて立ち直らせ、とにかく生かし続けて我々のために術を使わせねばならない。そう、考えてみればずいぶんと面倒な仕事を押しつけられていた。

写真を拾ってやろうとして身をかがめる。だが突然、男が自分を乱暴に押しのけた。

「触るな。」

身を投げ出すようにして床の上の写真を手で押さえ、見上げてにらみつける。鋭い眼光に唖然とした。まるで人が違ったようで正直、戸惑う。今までそんな眼差しを向けられたことはなかったからだ。だが更に驚いたのは、次にその口から発せられた言葉だ。

「そうやって、馴れ馴れしく近づいて、俺をたぶらかして、更に言うことを聞かせようってわけか。」

ぽかんと口を開けて見つめ返してしまった。するとそいつは顔を引きつらせるような形相で、はは、と嗤う。血走った目が薄闇でもぎらぎらと輝いて見えた。

「しらばっくれたってもうだめだ。畜生……俺としたことが、何てザマだ。」

そして床に座り込んだまま震える指で写真の絵をなぞり、つぶやくのだった。

「キャサリン……お前のおかげだよ。やっと目が覚めた。危うく乗るところだった…。悪魔の誘惑に…ああ…。」

「ちょ…ちょっと、何、言ってるのさ。いきなり。」

こっちは脱ぎかけの服のまま呆然とするしかできない。行き場を失う手。中途半端にこもった身体の熱が気持ち悪い。
先ほどまで至近距離で触れあっていた相手が今はうつむき、こちらに背を向けている。漂う拒絶の気配。唐突な展開についていけず、とりあえず相手を振り向かせようと肩に手を置いた。だが男は身体を固くして身を引く。そして更に憎悪を露わにした眼差しをこのエンヴィーに向けるのだった。

「な…何だよその目は。」

人間ごときにこんな視線を投げられ普通なら怒るべきところだった。だが気圧されたのは何故だろう。後ずさりながら、ずり下がったままの衣服をとっさに引き上げる。変身で造り露わにしていた乳房も思わず腕で隠し、元の平らな胸に戻す。よく分からない感情に唇が奮えた。

「おい…あんまりいい気になるなよ、人間。自分が何のためにここに来たのか、忘れたのか。」

屈辱?とにかくこの自分ともあろう者がひどく動揺していた。そのあまり、ついあることを口にする。

「賢者の石、欲しいんだろ?それ使って奥さんと子どもと――――蘇らせたいんじゃなかったのか?」

事実、ラストは賢者の石をちらつかせることで男をここまで引っ張ってきていた。
彼女は男の自己中心的な部分につけ込み、説き伏せたのだ。私たちのところにいらっしゃい。賢者の石を作らせてあげる。余ったらあなたの大事な人を蘇らせることだって出来るかもしれないわ。取るに足らない奴らが生きているのに賢く優しい彼女が死んだのは許せない。自分のような優れた錬金術師が何故凡人よりも苦しまねばならない。あなた、いつもそう言っていたでしょう…。

もちろんラストはお父様から聞いて知っている。本当は賢者の石をもってしても死者を蘇らせることは出来ない。この自分もぼんやりとだけどそれはわかってる。
でも人間たちは、例え錬金術師とはいえどまだそこまで知らされていないから、あっさりひっかかったのだ。そして今もまだそれを信じているはずだった。だから言う。追い打ちをかける。

「あんまりこのエンヴィーを怒らせるとさぁ、知らないよ?奥さんに……二度と会えなくなってもいいのかな?」

軽い脅しのつもりの一言。だがその途端だった。男は目を見開きものすごい形相をした。拳をぎゅっと握りしめ、その体がぶるぶると震えだす。そしてしわがれた声を絞り出すような声。

「今、はっきりわかった…。」

一旦言葉を切り、大きく肩で息をした。こみ上げる何かを抑えようとするかのように。

「……妻は死んだ、死んだんだ。」

異様な雰囲気にぎょっとするが、とりあえず鼻で笑ってやる。

「だから賢者の石が欲しいんだろ?石があれば…」

すると強い調子で遮られた。

「違う。もう、いないんだ。そして例え仮に何かが『生き返った』としても、それはあいつではない。…絶対に!」

「…何故、そうと言い切れる?」

こちらの顔に浮かんだ怪訝な表情に、男は奇妙にぎらぎらした眼差しを向ける。

「お前のその変身能力、賢者の石からエネルギーを得ているだろう。等価交換ではない。さっき見たとき、気づいた。」

「ああ、そうだよ。でも、だから何。」

わかりきったことを訊かれているだけなのに、何故か胸騒ぎがふくらみ始める。するとそれまで硬直していた男の顔に突如、ふうっと勝ち誇ったような皮肉な笑みが浮かんだ。はは、と短い笑いが漏れる。

「簡単なことだ。私のように錬金術を極めた者ならわかっていなければならない。そもそもお前たちを見たとき、すぐに気づかねばならなかった。だが、まんまと騙されていた…。本当に何故今の今まで気づかなかったか…当たり前のことなのに。」

その口調はだんだんと独り言のような調子を帯び、視線はだんだんと自分を通り越して遙か彼方を向いていく。

「一体何の話だ?おい、こっち向け!質問にちゃんと答えろ。」

簡単なことだ、簡単なことなんだよ、錬金術をろくに知らないお前にはまるでわからんだろうがな。男はさも楽しそうな、だが攻撃的な輝きを秘めた眼差しを向ける。

「だがお前にも少しは分かるように教えてやろう。ホムンクルスよ。人間には魂というモノがある。魂は人にとって唯一のもの、人間を人間たらしめる要だ。そしてそれは肉体が壊れればこの世に宿り場所を無くし、消える。つまり、死者の魂は取り戻せないのだ。錬金術を持ってしてもそれは不可能。そのことは私も前から気づいていた。だが忘れていた。…いや、正確には敢えて目を背け、忘れたことにしていたのだ――――ついさっき、お前の正体を理解するまでは。」

そして突如、このエンヴィーに向けて、まるで的を射るがごとくに右手の人差し指をつきつけた。

「ホムンクルスよ、お前は賢者の石で出来ているな?」

「……………!?」

突然の話題の転換について行けず、硬直する。

「賢者の石は生きた人間の魂を身体から切り離し、集め、凝縮したモノだ。つまりお前は生きていた人間の魂の寄せ集めから生まれた。死者の魂からではない。何故ならさっき言ったように死者の魂は取り戻せないからだ。と、いうことは、俺が例え賢者の石で何をしようとも、妻は決して蘇らない。代わりに生まれるのはせいぜいがお前たちのような生き物だということだろう?」

「しかもだ。数多くの人間を犠牲にして、ちっぽけな石に詰め込んで、そのあげくに生まれるのがたった一人の人間――いや、皮一枚で人間を真似ているだけのまがい物にすぎないというわけだ。ちょうど――――お前のようにな!!」

一瞬、ドクン、と恐ろしい音が身のうちに弾け、空間が歪んだような感覚に包まれた。
視界の中、黄ばんだ歯をむき出しにした口がわめき続ける。

「そう、偽物だ。きれいな皮をかぶった、人間を真似しただけの失敗作。何故なら賢者の石を核とするお前は恐らく固有の魂を持たないからだ。寄せ集まったたくさんの魂があたかも一つの人格であるかのように振る舞っているだけ…。本当の人間ではない。賢者の石で人間は作れない!」

一語一句、言葉が耳を殴る。顔を背けたいのに、出来ない。黙らせたいのに、声が出ない。

「だから俺はもう、賢者の石など欲しくはない。お前らにも協力しない。お前のような化け物を作りたくはないからだ。」

熱い鉛を飲み込んだみたいな感覚が胸にひろがっていく。

「いや俺だけではない。未来永劫、人間はお前たちを欲しないだろう。」

そして言った。さあ、怪物、ここで俺を殺せ。


「上等だぁ……。」

自分の声が別人みたいに響く。聴覚がおかしい。いや、耳じゃないのか。とにかくもう何かが変だ。ふわふわする。いつかもこんなことがあったような気がするが思い出せない。でもいいや。もうどうでもいい。
熱に浮かされたような感覚に全身を包まれ、気づくと微笑んでいた。

「…奥さん、キャサリンって、いうんだっけ?」

言うが早いか一瞬にして姿を変えた。弾けるような錬成の光の赤。照らされて驚愕に限界まで見開かれた、目。
そりゃ、そうだろうね。見るはずのないモノを、逢うはずのない人を――見たんだから。

「どぉ、似てる?我ながら上出来だと思うんだけど。」

写真の中にいた、明るい色の髪をした女性。死者の面影。

「それとも色を間違えてる?写真だと色が分からないからね。」

歩みを進める。やめろ、それはやめてくれ。震える声で今度は相手が後ずさった。形勢逆転。さっきの勝ち誇った顔が嘘のようにわなわなと震え、まるで昆虫のように足を無様にばたつかせる。

「ねえ、今どんな気分?偽物でも、愛する人と同じ顔に殺されるのって、どんな気分?恐怖はもっと大きい?絶望はもっと深い?嫌悪はずっと強いのかな?」

「でもおかしいよね?偽物なのにさ。皮一枚だけ真似た偽物だって分かってるのに、それでもショックなわけ?中身は変わらないのにさあ?ねえ、どうしてかな?」

「魂がなくちゃ本物じゃないなんて言ってるくせに、同じ外見を見た途端にこのザマだ……哀しいね!人間って奴は!!」

寄るな化け物、消えろ。髪をかきむしりながら相手は金切り声を上げた。

「そっかぁ、わかった。」

じゃあ、望み通り、
ちゃんと、

化け物になってやる、

よ。

間髪を入れず、腕を刃に変える。錬成の光も眩しいまま、無造作に男めがけて振り下ろす。上がる断末魔の悲鳴。割れた声で絶叫するがもはや言語にならない。苦痛に身もだえる肉体を別の腕で完全に押さえこむ。そのまま何度も、何度も刺し貫く。深く、容赦なく。暖かい肉の感触に興奮が全身を走り抜け今更に勃起する。苦しいくらいきつく硬く。まるで性行為のさなかのような高揚感、いやむしろそれよりも――


(何だ、普通にヤるよりこっちの方がいいや。)


気づくと笑っていた。どうしてだかわかんないけど、一人でげらげら笑っていた。

天井まで飛び散った血が、目の前に滴り落ち、額に降りかかる。
目に入りそうになり目蓋を閉じる。頬を伝う生ぬるい液体の感触につかの間の恍惚感。舐めた。気持ちいい。

あーあ、やっちゃったぁ。
生かせって言われてたのに。石をもっともっと作んなきゃならないのに。
ラストには怒られるな、とぼんやり思う。

でもあいつが悪いんだ。あんなこと言うから。
せっかく優しくしてやったのに。虫けらのくせにあんな見下した目をしやがって、ずうずうしいにも程があるよね?
だから消しちゃうんだ。イラナイから。頼まれたとおりに始末してやったのさ。

あははは、あははははははは、はっは、

(うふふ…)

あっはっは、あはははは。

(ふふ…うふふふふ。)

ははは、はは…

(ふふふ、愉快、実に愉快。)

「誰?」

瞳を見開き、思わず声が出る。目の前の屍はもう真っ赤で息などしていない。

(そうだよお前、見下されたんだ。)
(ううん、もっと悪いね。)

「誰だよ?」

(下等生物相手に、媚びて、)
(恥ずかしいことをして、)
(お尻を差し出して、)

(挙げ句の果てに拒絶されたんだ。)
(しかも全部見破られて、暴かれて。)
(面目丸つぶれだね!)

「うるさい。」

(奥さんキレイだったよねぇ。カワイイ子どももいたんだって。)
(死んだら魂は消えるんだって。戻ってこないんだって。)
(それがにんげんなんだ。にせものには無理。)

「…うっるさいなぁぁあ。」

(変身したのは何のため?ホントはあんなふうになりたかったんだろ?) 
(驚かせたいなんて嘘。隠れた欲望だろう?)
(かわいがられたいんだよねえ?愛されたいんだよねえ?)
(だけどにんげんの姿を借りても拒絶されちゃうんだ。惨めだねえ。)

「…………。」

(自分だけの、ほんとうの魂が欲しい?不可能だね!ホムンクルスだもん。)
(せめてきれいな身体が欲しい?ムリだよ!兄弟の中で一番醜いホムンクルスだもん!)

「……やめろ。」

(お前なんか要らないんだよ。)
(お前なんか誰も要らないんだよ。)

(人間からは相手にされない。)
(仲間の中でもみそっかす。)

「…黙れ。」

(…ほら、あの男ですらそうだった。)
(同胞なのに、何もわかっちゃいない。)
(所詮、きれいな姉さんの代わりが欲しいだけ。)

「黙れって言ってんだろ…」

(いらない子なんだよ。)

(………価値がないんだ。)

「黙れ黙れ黙れ!いい加減にしろよ!!ぶっつぶすぞ!」

でも何を?誰を?
目の前にあるは死体だけ。

「あああああああああ!畜生!!」

髪を振り乱し叫ぶ。死体の半開きの目と視線が合った――気がした。だらしなく開けた口から赤いあぶくを垂らしながら、それでも見てる。気に入らない。だからとりあえず手刀でなぎ払う。
既に半分ちぎれていた首が飛んだ。勢いよく壁にぶつかる。ぐちゃりとしめった音。

(あははははははははは、)
(無駄だよ、無駄無駄、滑稽だねえ、あはははは、)
(はははははははははははははははははははは、)

声はそれでも消えない。笑ってる。笑ってる。だんだん大きくなる。両手で耳を覆う。
だめだ、消えない。うるさい。頭がおかしくなりそう。いや、もうおかしいのかな。ずっと前からおかしかったのかもしれない。でも誰の頭が?

(誰、だって?わかんないの?ここだよ、ここ。)
(いつも一緒にいたじゃないか。寄せ集めの、不出来なお前と生まれたときからずっと、)
(たくさんの魂、満たされない心、いっぱい。ここにいるんだよ、わかってるだろ?)
(お前たちのせいで、こんな醜い抜け殻にさせられて、)
(惨めで、ねたましさでいっぱいの、僕が、私が、俺が、こんなに、)

そうだわかっていた。耳鳴りだなんていってやり過ごそうとしていた。ずっとずっと話しかけてきていたんだ。聞こえないふりをしていた。生まれてからずっとそうしてきたからだ。それで平気に過ごせていたからだ。あの日までは。
それが今はもうあふれる声に意識が押しつぶされそう。どうしてこんな、がくりと膝をつく。 震える腕を掲げれば、金属の手刀に変わったままの右手が揺れ、視界の中やけにぎらぎらと赤く光った。
声は更に大きくなる。


(ねえ、たくさんいるよ!ここにたくさんいるんだよ!いつもお前のこと見てるよ!)

(誰にも相手にされなくて、誰にも分かってもらえなくて、いつも誰かの代わりをしてばかり!!)

(嫉妬だらけで何もない、醜い、恥ずかしいお前のことをずっと見てるよ!!!!)



「っ、うるさいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」

勢いよく腕を振り上げ、自らの組織で作った重たい刃を後頭部にたたきつけた。

暗転。











それから後のことはよく覚えていない。
気づいたらこの暗い部屋にいた。

明かりが一つだけ。そして視界の中、影が動いて言った。


エンヴィー、あなたには失望しました。
これから処分を考えます。当分そこで大人しくしていなさい。




【作者後記】

(開口一番)結局エンビは錬金術師とはえっちしていません。する前に殺しちゃったので。前話でのグリの妄想もあたっていなかったわけです。

それにしても長くなっちゃってすいません。しかもほんとに真っ暗な展開で…(;´∀`)

話は前から思いついていたのですが、何か頭の中には映像で入ってたので文章でうまく「間」を出せなくて苦労してしまった感じです。
漫画だとショックなこと言われて「ガーン」と黒白逆転したりとか視覚的効果でばっちりなんですが…。何か文章にしづらかったです。いやはやもうちょっと精進しなければと思いました。
ここまでお読みいただいた方、いらしたらどうもありがとうございますm(_)m
今回結構色々情報が出てきて読みづらい回だとも思うので。

オリキャラの錬金術師とエンビの対話で一話終わっちゃてすいませんな感じでもありますが、一応、この錬金術師は100年後のエドとほぼ逆のことをいう存在というか、そういう役所としてでも見ていただければ幸いです。(例えば狭い「人間」の概念。自分のために賢者の石を使おうとしてしまう自己中心性など。)

なお、錬金術師による「ホムンクルスの正体」の説明ですが、当然ながらこの時点での彼は「お父様の魂」のことを知らないので不完全です。これはわざとそうしました。
これは私の解釈ではありますが、恐らくエンビは「ホムンクルスであるお父様の中にあった嫉妬の心(魂の一部?クリオネ?)」+「たくさんのクセルクセス人の魂」で出来上がっていて、前者が後者に優越してるのかなと思うのです。ホーエンハイムが自分の体の中にある賢者の石に含まれた魂たちに対し、主体として振る舞っているのと同じように。
だからエンビにはかなりしっかりした「人格」があるのでしょう。それでいて、いつもクセルクセス人達の嘆きを聞き続けているのかなと思います。つまり、人間のような一つの魂はないが、かなり独自の人格を持った存在ではあるのかなと私は思ってます。

…とまあ、相変わらず長い解説をしてしまいましたが、どうもお粗末様でしたm(_)m
(2009/12/2)



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