Never forget.
his name
7
葛藤を抱えたまま、日が過ぎていった。
街の復興を手伝いながら、北部へ旅立つ準備をしながら、ふと立ち止まりぼんやりしている自分に気づく。
それだけならいい。もっと最悪なのは、人混みの中、ふと、長い髪の細い人影を見るたびどきりとする。つい立ち止まる。いつも姿を変えているあいつが、あの姿でいるはずがないのに。
迷った。同じ考えが頭の中をぐるぐる巡って、ある日突然決めた。
「アル、ごめん。俺、ちょっと寄るところがある。」
「え?何、いきなり。」
「すぐ戻る!」
衝動的に、きびすを返し駆けだしていた。
北に行くために乗る列車の切符を買った日のことだった。
会おう、と思ってしまったのだ。会ってどうしたいかまでは分からなかった。だいたいどうやって見つければいいのかも知らない。
考えてみれば俺はあいつの居場所を知ってるわけじゃない。今までの経緯を思い起こせば、いつもあいつが俺のいる場所を知っていて、ふらりと現れるのだった。
直球で大総統邸の地下でも目指すという手もあったが、こんな理由で迂闊に近づく場所じゃない気がする。だから当てもなく、あの倉庫の側を訪れた。
見張りの衛兵の目を避けるようにして、高い塀の周りを小一時間ほど前をうろうろと歩く。何も起きない。さすがに我ながらどうかしてると思えてきて、諦めて帰ろうとしたときだ。呼び止められた。
「何してんのさ。こんなところで。」
振り返ると、背の高い金髪の軍人が見下ろしている。見覚えのある顔立ち、独特の口調。何よりその眼差し。変身したエンヴィーだとすぐわかった。
予想通りこの区画はこいつの諜報活動のテリトリーで、俺がうろうろしてるからそのアンテナに引っかかったってワケだ。
だが、いざ向き合うと何を話していいかわからなくなった。さっきまであんなに心の中に言葉が渦巻いていたのに、急に頭が真っ白になる。
外見を除いて、あまりにもエンヴィーの表情も仕草も今まで通りだったからだ。時間が巻き戻ったか、あの日のことが夢だったみたいな錯覚すらしてきた。
答えられないでいる俺に、向こうの方から話題を振ってくる。
「そういえば、こないだは急に帰っちゃったね。」
「…え、あ、ああ。」
しっかりしろ俺。
「で、今日は何しに来たわけ?」
「…………ん、いや、まあ、ちょっと、な。」
言いよどんでしまい、ふと視線を感じた。見張りの衛兵だ。俺たちの方を見ている。特に、さっきからうろうろしていた俺に関心を注いでいる。
偽物軍人のエンヴィーもそれに気づき、慣れた仕草で衛兵に会釈をした。相手が敬礼を返す。金髪頭の下にある肩章を見ると、ちゃっかりと少尉の階級になっている。
「…とりあえず、どっか落ち着ける場所にでも行こうか?」
余裕をたたえた瞳で倉庫の方を合図して言った。にやり、口の端をゆがめた奴の微笑が勝ち誇ったようにみえて、微かな敗北感。
*
「さあ、話があるなら聞こうじゃないか。まさか今更、あそこには偶然通りかかっただけだ、とか言わないよね?」
長い黒髪の、いつもの姿に戻ったエンヴィーがしれっとした顔で笑い、腕を組んでどっかりと側の木箱の上に座り込んだ。勢いで尻の下の木材がぎしりと音を立てる。
とはいえ、真剣な話を切り出すのは意外と難しい。つい関係ない話題が口を突いて出た。
「そんな場所に座って大丈夫なのか。…お前、体重すっごい重いはずだよな? 」
「それが話?」
相手の眉間にしわが寄る。明らかに不快な話題だったようだ。
「外見だって変えられるんだ。質量の調節くらい出来るに決まってるだろ。…まあ、時々忘れるけどさ。」
「ああ、それで街で戦ったとき、ぶつかってあちこちぶっ壊してたってわけか。」
何話してるんだ俺は。だめすぎる。変な汗が出てきて、相手はますます不機嫌そうな顔になる。
「あのさぁ、用がないんなら帰るけど。こっちだってヒマじゃないんだよねぇ。」
うるさそうに長い髪をかきあげながら組んでいた脚を解く。そのまま立ち上がろうとするから俺は慌てた。
「え、いや、おい、ちょっと待て!ええと…」
相手の前に立ちはだかって押しとどめ、やっと言葉が見つかった。我ながらどうかしてるが必死だ。
「その…明日から、また旅に出るんだ。」
「ああ、随分出発を遅らせているらしいね。」
そんなの知ってるよと言わんばかりの顔をされる。諜報は抜かりがないということなのだろう。見張られているという不愉快な現実を改めて突きつけられたが、今はそこに反応する余裕がない。
拳を握りしめる。勇気を出した。視線を上げる。
「だから……会いに来た。お前に。」
たったこれだけのことを言い終わったとき、どっと疲れた。
だが、エンヴィーは平然としている。そして俺の視線の先、組みなおした脚の膝上に頬杖を突いた姿勢で、ふう、と溜息をついた。
「…で?」
「へ?いや、だから会いに…」
「いや、それはわかったからさ。何でこのエンヴィーに会いに来たのか、って訊いてるんだよ。さっきも言ったとおり、ヒマじゃないからさ。理由もなく、ただ会いに来ましたって言われてもねぇ…。」
ふっと嗤い、やれやれと肩をすくめてみせる。
「まさか、好きになっちゃったとか言わないよね?」
いかにも人を小馬鹿にしたような態度に、一瞬頭に血が上った。
「バッ…バカッ…!いい気になるなよ。あの程度のことで…」
ん?あの程度、なんて言っていいのか?
一瞬疑問がかすめたが、考える前に、売り言葉に買い言葉で出てしまった台詞だった。
エンヴィーの顔から一瞬、笑みが消える。そのあと皮肉げな低い声。
「は、それはこっちの台詞だぁ。最近、そういう遊び相手には事欠かないし。」
「…なんだよ、それ。」
頭のどこかでは冷静な声がした。確かに、これまでの経緯を考えれば全然不思議じゃない。
なのに顔の筋肉が条件反射的に強ばった。声に動揺が出てしまった。すると抉るような一言。
「いい表情だぁ。今、何考えた?」
沈黙した俺に、相手はなおもたたみかける。
「ははっ、一回ヤらせただけでこの反応とは参っちゃうね。」
身も蓋もない言葉を吐いて、にやりと意地悪く笑う。顎に手を当てて、見くだすような流し目。
ぐうの音も出なかった。実際、どうかしてる。強引に身体を押しつけてきたヤツと成り行きであんなことになって、しかもすっかり振り回されてる。バカみたいだ。
ついすこし前まで真剣に思い詰めていた自分が、くだらなく惨めに思えてきて自己嫌悪。このまま帰るべきかもしれない、と感じた。
その時だ。横から声。
「まあでも、おチビさんもお互い様だよね。」
「…何がだ。」
何かを思い出すように、一瞬その視線を遠くへと向けた。
「いつだったっけ、駅にいただろ。」
「駅?」
「『今度会うときは嬉し泣きさせてやる』」
「………!!」
声色まで真似られて、動揺と腹立たしさに顔がかっと火照った。
「美しい台詞だよねぇ。金髪の女の子、幼なじみだっけ?その後も何度か電話してたよね?」
「な…何でそんなの聞いてるんだよ!しかも、一体どこで…」
「仕方ないだろ、仕事なんだからさぁ。それにあんたら、こっちが変身してると見られてても全然気づかないんだもん。」
ぺろりと舌を出して、肩をすくめ、おどけた顔をするのが憎らしい。とっさに次の台詞が出てこなくて、肩で息をする。そんな俺の様子に、相手はぶっと吹き出し、笑いだした。おかしい、最高、と大げさな身振りで腹を抱える。
苛立ちと少しだけ既視感。ついこの間も、こんな風に嗤うこいつを見たような。
「ふふっ…ほんと、お前達虫ケラは、なれ合うことを何か崇高なモノと思いこんでいるんだよねえ。」
唐突な台詞。面食らい、俺はエンヴィーを見つめ返す。
「例えば…愛とかさぁ、人間は好きだよね?ちょっと触れただけで勘違いして舞い上がる。」
相手は真っ正面から俺を見据えていた。その頬を染める残照。光と影の強いコントラスト。夕暮れ時が近い。あのときのように。
「だけどすぐに、別のモノに変わっちゃうんだ。昨日好きだったのに、今日は憎たらしくなる。こないだ一緒に寝た相手が、他のヤツと寝たかもしれないって思ったとたん許せなくなる。ちょうど今みたいにね。…そうだろ?」
「!」
突きつけられた人差し指に、どこかをぐさりと刺されたような気分になる。
「女の子にカッコいいところ見せたくてたまらないくせに、他の奴と倉庫でやらしいことしてさぁ。そして相手に幻滅したら、まるでなかったことみたいに忘れるんだ。あいつはとんでもない奴だった、とか言ってね。」
「ちょっと待て、俺は、」
「ほんっとーに、儚いよねぇ?愛とか、友情とか……。なれ合っては自分たちで台無しにして、虫ケラどもがそれで右往左往してさ。滑稽なことこの上ないね!」
影の中、奇妙に強い光を宿した瞳。気圧されながら、一方的な台詞に反論を試みる。
「待て、なれ合いって…いや、そもそもだ。じゃ、その虫ケラとお前は、例えば、俺となんであんなことを、」
「言っただろ、遊び。例え人間とでも、気持ちイイことは好きだからさ。」
目を細めて、そのまま笑みを深くする。言いたいことを言い終えたとでもいうように満足そうに歪む口元、のぞく白い歯。
「でもね、お楽しみはそこまで。今後のために教えてやるよ。そこには何もないんだ。ほんのちょっとの快楽があるほか、あとはくだらないなれ合いだけだ。だから、そんなのに囚われるだけバカなのさ。わかる?」
「…………。」
「ははっ、まぁ、そんなこと言ってもまだ解るわけないか。コドモだもんねぇ。」
愛も友情も儚い。つまらない。唐突にそう言われて、違和感を感じながらも、即座には反論しきれない気持ちが、その時の俺にはあったかもしれない。
例えば脳裏に浮かぶ広い背中。閉じられた書斎。つい呼び起こされる情景。寂寥感。
そうだ、あの男は帰ってこなかったじゃないか。母さんは待ってたのに、病気になっても信じてたのに。連絡もなく葬式にも来なかった。
愛していたなら何故?気持ちが醒めた?
そして俺。確かにあの瞬間、あのホームで、ウィンリィは俺にとって特別な何かだった。
立ち上がる脚をくれた幼なじみ。長い間お互いを知ってて、あいつが俺や弟のことを心配してくれているってこと、痛いほど分かっている。そして俺も案じている。
そんなあいつが、例えばここにいて、俺とエンヴィーとの会話を聞いたとしたら、これまで起きたことの全てを知ったとしたら?
もちろんそんなことは起こりえないけど、もし起きたとしたら。
――――正直、知られたくないと思う。友達としてでも、どこか後ろめたい。
イシュヴァールを、あいつの両親のことを、つい考えてしまう。
これは、何かの裏切りではないと言い切れるのか。
心の奥深く、普通なら意識しないような部分を無理にこじ開けられたような困惑に、ふと、こないだのやりとりを思い出す。
俺の前で裸身を晒して、皮膚一枚のことに人間は惑わされると言って嗤っていた。
ああ、そうか。
生きている人間がとっさに、考えないでしてしまう感情的な反応。こいつはそこにある細かい矛盾を突いてくるんだ。いつも。
そういう目で見てしまえば確かに、人間は弱いのかもしれないのだった。醜いのかもしれなかった。
目の前の現実から視線をそらしてしまったり、力が及ばなくて同じ態度や気持ちを保てなかったり。
でも………じゃあ、どうしろっていうんだ。
何も感じるなとでもいうのか?
「お前は結局、何でも、人間がくだらないって言いたいんだな。」
「そうさ。あたりまえだろ?」
満面の笑顔で、朗らかに即答される。次の瞬間、自然に口から直球の質問が飛び出した。
「だから――――殺すのか。」
さすがに、向こうには予想外の問いだったようだ。え?と口を開けて、数秒間が空いた。
「お前は人間がダメで、取るに足らない存在と思ってるんだろ。だからいない方がいいし、殺してもいいと感じてる。違うか。」
ゆっくりと、念を押すように繰り返す。
何だ、口にしてしまうのはこんなにたやすいなんて。ここに来る前にずっと考えていた問いだったのに。
「……は、虫けらごとき、生かすも殺すも理由なんて、考えたこともないね。」
エンヴィーの瞳がふうっと細められる。顔に剣呑な影が差した。
「確かに、俺も蟻をつぶすとき特に深く考えない。」
敢えて、こいつの親父の台詞と似た言葉を繰り返す。
「山で修行したとき何匹魚を釣ったか、鳥を捕まえたか、覚えてない。そいつらが俺のことどう思ってたか、それとも何も分からなかったのか、知らない。知ろうともしなかった。今、初めて考えた。」
「いったい何の話を、」
面食らったような声を遮り続ける。
「お前が、人間を殺すのも生かすのも考えねえって言うからだよ。ならば、だ。せめて今、考えさせてやろうって思った。」
「はっ、くだらな――」
「俺はたしかに蟻を平気でつぶす。お前達が人を殺すみたいに。そして俺達は、お前達からすれば蟻みたいなもんだろう。だがな、蟻と俺達でひとつだけ、違う部分がある。俺達は――――言葉を持つ蟻だ。」
こう言ったときだ。奇妙な高揚感に襲われた。まるで全てをぶちまけてしまいたいような熱い感情がこみ上げたのだ。
「お前達と比べたらちっぽけでも、考える。俺達には言葉がある。だから言うんだ。何度でも。」
胸の奥が熱くて、痛い。まるで古い場所に、新しい傷がひらいたみたいに。どうして今更、こんな気持ちになるんだろう。
「ウィンリィは、俺の幼なじみは両親を戦争でなくした。イシュヴァール人に殺された。その戦争をお前が起こした。そしてヒューズ中佐は、おそらくは俺のせいで、お前達に殺された。全員、お前にとっては沢山いる蟻の中の一匹みたいなものかもしれない。だけど一人一人に、家族や大切な人がいた。………そして、お前は忘れても、俺達はお前達がしたことを覚えている。」
先に死ぬけれど、それでも、
「絶対に忘れない。」
そのときだ。
「ラスト。」
突然、凛と響いた。
「…もういない。お前達が滅ぼした。」
淡々とした口調で続ける。
「どう?これであんたも思い出しただろ、彼女のこと。他にも名前を挙げようか?」
「…確かに俺たちの仲間がやった。」
「でも、焔の大佐は殺さないよ。大事な人柱候補だからね。下等生物とは違うんだ。無益な復讐はしない。理性で線を引かなきゃね。」
はっとした。実に、見事なほど感情の痕跡がぬぐい去られた声音だったからだ。普段は子供じみているとすらいえるほど感情豊かなくせに、その口調も表情からも、ラストの死を悼んでいるのか、果たしてそうでもないのか、大佐に対する憎悪があったのかも、今はまるでうかがい知れなかった。
だからだろうか、先ほどまで感じていた憤りにも似た胸の内の熱さが、別のものへと変わる。今度は、のど元が締め付けられるような、苦しさに。
「………何故だ。」
「?」
「人柱、人柱って……そのためなら他のどんな犠牲も厭わないような言い方、しやがる。」
「言っただろ、『計画』については話せないって。」
「そういう話をしてるんじゃない。違う、そうじゃなくて…」
冷たい金色の目を思い出す。やつらの親玉。俺の親父と同じ顔をして、人柱は必要だがリンはいらないと言い捨てた。俺はその時、怒った。やつが人間をどうでもいいと思ってることがよくわかったからだ。
だがこいつは、こいつの話し方は違う。似てはいるが、やっぱりどこか違う。
「…その『計画』、お前の親父が考えたもの、だよな。」
「当たり前だろ。」
同胞の死を語りながらも「計画」のため心乱されまいとする態度。「理性で線を引いて」という表現。
まるで、同胞の、いやひょっとすると自分の命より大事な何かがそこにあるとでも思っている、みたいな。
「それは本当に……お前と、お前の兄弟のためにもなるもんなのか?」
対峙する切れ長の瞳が見開かれる。直感で、何か相手の琴線に触れた、と感じた。
「お前は『計画』の未来を、何より子としてあの親父を信じられるの、か?」
「黙れ虫ケラ。」
一喝。空気が震えた。
こみ上げる何かを抑えようとするかのように、僅かに上下する肩。
「信じるも信じないもない。お父様は――――絶対だ。」
立ち上がって俺に近づき、威嚇するようににらみつける。見たこともない鋭い、眼光。
「虫ケラ、絶対の意味が分かるか?」
「………。」
「他にはないってことだ。」
静かな怒りをこめた声音に、地の底から響くような低音が混ざったような気がした。あの日、赤い世界で聞いた異形の唸り声にも似た。
錯覚かもしれない。
「例えお父様が何を考えていようといまいと、関係ない。そうやって、二百年生きてきた。ずっと。そしてこれからもだ。人間、お前に分かるか。これが。」
わかるかよ、そんなの。
思ったが、何故か口に出せなかった。
狂ってる、相容れねえと全否定して、この場から立ち去ることも出来なかった。
その瞳の光に信念を見たからだ。数百年を越えた、信仰にも似た想い――――ほとんど、狂信。
…こんな想いを抱えて、生きてきたのか。
そして、これからも、ずっと?
俺はわけもなく、何だか泣きたくなった。
だけど涙は出ない、だから代わりに笑う。笑って、言った。
「畜生。今、わかった。」
「?」
声がうわずる。意味もなく前髪を掻き上げ、乱れるままにする。
「俺がここに来た一番の理由。要は、だ。結局俺は、」
視線の先、相手が戸惑うように目を細める。
「知りたかったんだ。そういう話も含めて、お前のこと。だから、会って話したかった。」
あの日からずっと、何かに苛立ったような少し悲しいような落ち着かなさがあった。平然とした顔をしてるけど、その実あまり色々なことが手に着いていないみたいな、宙に浮いた感じ。
「あんなことのあとでも俺はお前のこと、よく知らないままだった。きっとこれからも、こうして会う機会なんてそんなにない。だからせめて、今、ここで、」
会いたかった。直に触れておきたかった。その存在、まるごと。
日々何を考えて生きているのか、大事なものは何か。怖いものは何か。信じているものは、守りたいものは何。
ただ知りたい。時間の限界の中でわかりうること、すべて。
恋?愛?好奇心? 結局のところよくわからない。どれもぴんとこない。うまく言えない。
だいたいさっきの会話なんて完全に、ケンカ売ってる。
「要は、気になって仕方がなかったんだ。お前のこと。」
このあとどうなるとか、今はどうでもいい。どうにかなるとも考えていない。
ただ口にせずにはいられなかった。時と共に想いが薄れ、消えていくままに出来なかったのだ。
ただ、それだけ。
「笑いたきゃ、笑えばいい。」
何か言うかと思ったら、いつも無駄にお喋りなくせに、凍りついたような眼差しで俺を見つめたまま数十秒。
少し高いところにある開け放したままの窓から、そよ風が吹き込み、長い黒髪がなびく。太陽の傾きゆく空がまだ黄金色の光を宿しているのが見えた。これからの季節、日が少しずつ短くなる。
俺はため息をついた。
やることを果たした、と思った。呼吸を整える。
「そんだけだ。邪魔したな。」
だがきびすを返そうとしたときだ。独り言のような、声。
「くだらない。そんな感情、反吐が出る。」
言うなあ、お前。
心臓がぎゅっとなるような気持ちがして、反射的に振り向く。長い前髪と逆光でエンヴィーの表情はよく見えない。うつむき加減に眉根を寄せ、地面を睨んでいるようにみえた。まるで見えない敵がそこにいるかのように。
「…そうなんだろうな。お前には。」
苦笑し、唇が少し震えたのを自覚する。そして去ろうとした。すると後ろから更に声。
「待てよ、豆粒チビ。」
俺は立ち止まる。肩で大きく息をして今更の台詞を、
「………誰が豆粒チビと、」
吐こうとしたら、
「行くなよ。」
本当に引き留められていると気づく。
「……え。」
「不愉快な戯事ばっか垂れ流しやがって。このままじゃ…」
吐き捨てるような口調。そのあと、ぽつりつぶやいた。
「このままじゃ、気が収まらない。」
うつむいた横顔が、夕映えに染まっている。
「だから………行くな。」
弱く掠れて、消えるような語尾。
苛立ちとも羞恥ともつかない悩ましさに曇った表情。
何だよ、それ。
今度は俺が唖然として口を開ける番だった。
【作者後記】
なんか長くなっちゃった…(;´Д`)
自分の頭の中にいる妄想の二人はなんかいろいろ話し合いたいことがあったようで、なかなかえっちをしてくれません。しかし次回はさすがに身も心も歩み寄るでしょう。
亀のような更新の連載となり下がってますが、読んで下さった方、もしおられたらどうもありがとうございますm(_)m
あともうちょっとで終わります。
それにしてもエドエンですら何だかラブくシリアスになってしまう自分は、相変わらずこっぱずかしいやつです。
あ、えんびたんが「人間に嫉妬してる」存在であるのも忘れた訳じゃないです。ただ、ここでわかったら23巻につながんないもんで…。
あと、文中にある「(ラストを)滅ぼした」という表現は、ふつう、一個人に使うにはちょっとヘンではありますが、原作でプライドが「滅ぼされるかもしれない」という言い方を使っていたのが気にいったので使ってみました。「滅ぼす」は一般に集合的な対象に使うわけですが(例:「国を滅ぼす)など)、ホムンクルスが「中に沢山いる」と自分でも認識してるとすると、しっくりくる表現です。
とはいえ、プライドのあの台詞は、「グラトニーと自分が倒されるかもしれない」=「滅ぼされるかもしれない」なのか、それとも人間たちのナイスプレーに感心して「将来的にホムンクルス全員が人間に滅ぼされるかも」という意味なのか定かではないですが。(2010/10/11)
+うp半日後の追記
文中で大佐のことを「大事な人柱候補」だとか早々と言わせちゃってることに気づいた…。
うそじゃないけどかなり重大な機密リークになってるような(汗
ま、お互い他のコトに夢中でそのことに気づかなかったってことにしてあげてください。エンビたんは詰めが甘いのです。