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Welcome to the nightmare



同胞が一人消えた。
いつも前を向いていたひと、戦って逝った。

ずっと一緒だった。なのに肝心なとき側にいなかった。

虫ケラどもと無様な戦いをして、みすみす敵の侵入を許した。
手痛い敗北、痛恨の極み。涙も出ない。


あれから、

人手が足りないんだ。


空虚を埋めなきゃならなくて、思い出したのは彼女の最後の仕事の一つ。
チンケな村の臆病者。


損失は大きい。
腰抜けの人柱候補じゃ穴埋めにすらなりゃしない。
だけど手痛い失敗、あとがない。
失われた信頼を、汚名を、挽回する最後のチャンス。


戸をこじ開けて入ると、男は倒れ伏し怯えていた。
あまりにも無様で、見てるこっちの背筋に快感が走る。
己の保身のため同胞を沢山殺した。その後悔に一歩も動けず、田舎に隠れ住んでもう何年。

「この前はラストが世話になったそうだね。」

出した名に男は臆面もなく、更に震えた。

そのときだ。匂いがする、とつぶやく弟の声。
ほこり臭い床に、もう戻らぬひとの残り香をかぎとったのだ。

不意に妬ましさがこみ上げる。
彼女はもういないのに、目の前の無様な男、虫けらのようなこいつには、あんだけ殺してもまだ足りないくらい同胞がいるんだ。

だから追い打ちをかけてやりたくなった。
恐れに目を見開いたこの顔が、更に歪むように。

「ラストが言ってたはずだよ。変な気を起こしたら、この村を地図から消してやるってね。」

いやだ、もうやめろ、いっそのこと、殺してくれ。
ささくれだった無骨な手で、男は顔を覆い身もだえる。

「自殺してもこの村を消滅させてやる。」

彼女が死んだことをこいつは知らない。
だから威力は二人分。彼の恐怖にささやきかけるのは、このエンヴィーと、彼女の亡霊。



(最後の瞬間は知らない。)
(だけど焼け跡を見た。)
(何度も何度も焼かれた石壁の、激しい変色。)
(分解し、飛び散ったすさまじい質量の痕跡。)
(ここで何度も死んで、そのたび蘇ったんだ。)
(燃やされ、焼きただれ、崩れ落ちては再生し、最後に力尽きるまで。)


(痛み、)
(突き刺すような。)
(光景をみたとき、あれからずっと、)
(この身の内、何かが灼かれ続けている。)

(何故そこにいなかった?)
(どうしてしくじった?)
(何度も何度も、問いかけるけど、空しい。)
(だって答えは一つ。)

(あの日、何も出来なかった。)
(……無力だった。)



ねえドクター、その顔が好きだよ。

襟首を掴まれ苦しい呼吸、頬が歪むのは、恐怖だけじゃない。
至近距離、憎悪と怒りに震える吐息を感じた。

ああ、きっと今二人、ほんの少しだけ同じ瞳をしてるね。
そのくらいは認めてやるよ、人間。
だけど今日はこっちの勝ちだ。

「あんたには平和にのうのうと生きる場所も、死んで楽になる権利もないんだよ!」

出来る限り上から威圧的に、満面の笑みでだめ押しのひとこと。
絶望の泥沼にめり込むよう、頭を押さえつけてやる。
帰る故郷もなく家族も捨てた男から、最後の希望を奪う。

「さあ、一緒に来てもらおうか。」


もっと、憎めばいい。
もっと、怒ればいい。
そしてヒトの身に生まれた、己の無力を嘆くがいい。
虫けら、それはお前にこそ相応しい。



仲間内では一番えげつないわよね、言われたことがある――彼女に。
でも、もういない。
ならばせめて、お前が証人になれ。



来いよ、一世一代の演出をしてやるから。

憎悪と嫌悪、恐怖、軽蔑、後悔と絶望。極彩色の地獄を用意してあげる。

今日この日、二人の再会から、最高の悪夢が始まるように――――




END



【あとがき】
ドクターを拉致りにいくのが、ラスト戦死のあとなんだよなあ、というただそれだけの気持ちから出来ました。
ラストが消えた後のエンビって、全体的にテンパってる印象があります。一人で頑張ってるというか。
「うるさいなあ、おばはんは」とか言って、お茶目で余裕かまし系だったのが、余裕無さげなマジ切れシーンが増えたし、ドクターとの再会にしても無駄に攻撃的だよなってふうに見えてきて…妄想してしまいました。(2008/07/13)


+追記
今更ですが誤字に気づいたので修正しました。すみません。
サイトの中では一番地味な話ですが、実は個人的にだいぶ気に入っていたりします。(2008/10/04)


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